毒親は、子供だけが「毒の連鎖する一族」から抜け出し、幸せになることが許せない その2

毒親育ち

生まれたわが子を「立派な毒一族のメンバー」にするため、毒親は生まれて間もないわが子に毒の英才教育を行います。

その代表的なムーブとして、子供に自分の感情を持つことを禁じ、自分の意見を持つことを封じる、ということを、その1で書いてきました

毒親は、子供が「毒の連鎖する一族」から抜け出し、幸せになることを許さない その1
毒親は一代にしてならず‥毒親のその親から、そしてその前の代から連綿と毒が受け継がれているんです。毒親は、自分がその親にされてきたように、毒を子に塗り付け、自分と同じように毒まみれで生きろと子供に強要します

自分たちがされてきたように、せっせと子に毒の英才教育を施すんです

感情を素直にあらわすことや好きなものを持つと、親に罵倒されたり否定されたりするうちに、やがて私は、

自分の感情を持ったり出したりする、というのは、

自分はやってはいけないことなんだ

と自然に思うようになりました。

この記事では、わが毒親の言動を思い出しながら‥

毒親はいったいどんな気持ちで、わが子に毒教育をするの?

ということを書いていきたいと思います

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毒親はどんな気持ちでわが子に毒教育をするのか?

毒親による毒教育。

わが毒親の言動をあらためて振り返ると、よくもまあ、こんな狂ったことをわが子に平気で押し付けるものだなと呆れます

この毒教育を子に施しているときの、毒親の気持ちとは一体どんなものなのでしょうか?

かつて自分たちが親にされてきたことを、我が子にもしなければならない!と思っている

子から感情を奪い意志を殺して、毒一族に服従する立派な毒人間に育てる。

それはかつて、かれら毒親たちも、毒一族からされてきたことでした。

毒親たちはそれに対して、一度も何の疑問も持つことも反発を覚えることもできず、ひたすら毒一族に尽くす人生を送っていました。

どうしてこんな生き方しかできなかったかというと‥

理由の一つとして考えられるのは、毒親達が第一線で生きていた一昔前というのは、毒親という概念もなく、それよりも何よりも親孝行という言葉がかなり強い力を持っていたので、

現在よりも親が強烈な力を持ち、子に対してやりたい放題しても子は黙ってそれを飲み込み、親に服従するしかない空気だったのでしょうね‥

やがてそれが、毒親たちにとっての普通、となってしまった。

子ばかり自由にふるまうのは悔しい。許せない!

自分の気持ちを押し殺し、毒一族に従って生きてきた。俺たちはいいことをしているんだ!と無理やり思い込みながら生きてきた、毒親達。

しかしながら、心の奥底までもすべて、偽ることはできません。

自由な考えや感情を持つことをずっとがまんしてきた毒親たちは、我が子が目の前で自由に意思を持ち、意見を出して生きようとするのを見ると、心の奥底でくやしいしむかつくし絶対許せないんです。

自分たちは幼い頃に自由な考えや感情を出すことをきつく禁じられ、そしてこれまで長年、代々伝わる一族の毒の不幸や理不尽を我慢してきたというのに…

そんな中で、目の前の子供が自由な意思を出そうものなら

そんなのずるい!お前も俺たちように感情を殺せ!

生意気にいっちょ前に「自分の意見」なんていうんじゃねえ!

という本心がめちゃくちゃ暴れるようです

厄介なことに、その本心を「しつけ、子供のため」、という親だけが使える特権のような美しい包装紙で隠し、毒親は自由意志を出す子供を、そのたびに猛烈に叩き、禁じ続けます

毒一族から裏切り者とみられることにおびえている

もしも我が子が、自由に考えて動きまわるような、自由な意思を持つ人間に成長してしまったとしたら‥

おそらく毒一族から「裏切者の子供を育てたお前はダメなやつらだ!」と、罵倒され、冷たい目で見られてしまうのでしょう。

毒親たちというのは、そうなることを何よりも恐れていました。

いつも毒一族の目を気にして、毒一族ファースト

例え子供が自分たちの目の前で、毒一族にいじめられたとしても、それでも子をかばうことはせず、一族の顔色を伺うことが最優先でした

親戚の子供たちの集合写真を、私がいないタイミングで撮影し、あろうことか、私だけが写っていないその写真を、大きく引き伸ばして、親戚の家のリビングに長年飾っていたんです‥

悲しくて抗議しようとした私を毒親は止めました。

「そんなことしたら雰囲気が悪くなるからやめて」

「親戚関係に波風を立てたくないから、あんたが我慢しなさい。黙ってなさい」

この時に感じた絶望は、未だに忘れられません

親は私よりも、私にひどいことをした毒一族のほうが大切で、いじめに対する抗議すらしないんだ。

親は、悲しい気持ちになっている私の思いに寄り添う気なんて、少しもないんだ‥

そのことを、嫌でも思い知ったからです

毒一族というのは、こうやって子供を粗末に扱ってまでも、一族の結束を大切にして深くつながっている。と、外からは一見そう見えますが、

大人になってから、外から客観的に彼らを見ると、

実際は、一族がこの毒沼から誰一人抜け出さないよう、裏切らないよう、互いに異常に監視し合っているような、冷たくおかしな雰囲気でしたね‥

そもそも、わが子が一族からひどい目に遭っているというのに、それを無視し、にぎり潰した上に築く関係性って、そんなのおかしくないわけがないですよね

愛情ではなく束縛。

互いを見守るのではなく監視。

毒親が子との間にむりやり築くおかしな関係性と同様に、彼らの間で作られる結束や絆というのは、とてもいびつで不自然なものでしたが‥彼らはそれを、何を犠牲にしてでも、愚かなほど必死になって守っていたんです。

まとめ

毒親は、自分が毒一族からされてきたことを、平気で子に押し付けます

そこに疑問をはさむことはありません。

ひたすら子に押し付け、飲み込ませて、自分のような立派な毒人間に仕立て上げようとします

だって、それが正解だと思っているのですから。

一族から毒を押し付けられ、毒の沼でがまんして生きる。

彼らはその生き方しか知らないし、その生き方をしてきた自分たちを肯定したい。

そして何より、毒沼に沈む仲間が一人でも欲しいから、子を必死に、無理やり引きずりおろすんです

また、「子だけが自由に物を言ったり考えたりすることなんか許せない!」という思いも強い。

子供だけが毒沼から脱出して、一般社会で幸せになることなんて絶対に許すことができません。

自分が毒沼でのきゅうくつさや不満の中、長年がまんして生きてきたのだから、子だって自分のように、毒の沼で不幸に生きるのが当たり前だ!と、毒親の心の奥底の本心が怒り、暴れるんです

毒にどっぷりとつかり続けている、不幸な人間になり果てた毒親は、子の幸せを願えません

それどころか、自分たちのように、一生毒の不幸の渦の中で苦しみ続けてほしいんです

それに、自分より圧倒的に一生格下であるわが子がいつもそばにいれば、子にストレスの八つ当たりや責任被せなんかも自由にできますしね

だから、子だけがこの毒の沼から逃げるなんて考えられない!

子が幼い頃からちょっとでも自我を出したり、自分を表現するような芽を見つければ、即刻全力で叩きのめし、これ以上出す気力を奪います。

この行為を親の愛とか親の子を思う心です!とか、それらしい理由をつけて正当化するので、周りにもなかなか毒の所業は気づかれにくかった。

しかし‥時代は変わりました。

SNSの発達により、毒親に苦しめられた当人たちによる告発が活発化しています。

最近はテレビなどの大手メディアでも、以前よりも毒親特集をくまれることが多くなりました。(これも‥今現在は、当事者である毒親育ちにとっては解釈の仕方が「?」というものがけっこうあり、放映後にはSNSでは猛烈にツッコミを入れられがちですが‥)

これまで闇に葬られてきた毒親による悪行はどんどん暴かれ白日の下にさらされて、もはや隠しきれない状況となっています。

この流れが続くことで、世界のあちこちで連綿と連鎖し続ける毒一族の毒が少しでもこの世から消え失せることで‥

毒親の呪縛から離れ、自由な意志や素直な感情を持って、自分の人生をのびのびと生きることができる子供が、どうかこの世に一人でも増えてほしい、と私は心から願っています

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