私が大人になるにつれ、毒家族の異常さが目につくようになったー毒母編ー

毒親育ち

毒親家庭に生まれ、長年いやでも毒親の支配下洗脳下に生きるしかなかった私は、

  • 「親は絶対的な存在!」
  • 「親に対して、否定的な考えを持っちゃダメ!」

という、まるで毒親教の信者のようなマインドで生きていましたが‥

私が成長すればするほど、奇行がエスカレートしていく毒親に対して、「?」と思う瞬間がどんどん増えてきたんです

親孝行教・毒親絶対教にどっぷり漬からされていたにもかかわらず、皮肉にも、その毒親自身の奇行によって、あれ、うちの親って変だよね‥?という疑問が止められなくなってしまったんですよね

前回までは溺愛された妹毒父の奇行の数々をご披露してきましたが、

この記事では毒母編を書いていきたいと思います

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おねだりが増えた

ブランドものを買え!

私が社会人になると、(たとえ就職先がブラック企業・薄給であっても)学生の頃とは段違いに経済的にも豊かになり、そして行動範囲も広がりました。

毒母は「搾取子が金を稼ぐようになった!待ってましたー!」といわんばかりにおねだりをはじめたんです

そのほかにも私が社会人になって知ったり身に付けた物事を「あたしにもよこせ!」とねだるようになりました

わかりやすいのはブランドもののおねだりです。

仕事に忙殺されている上に薄給だった私にとっては、ブランドものなんてとても縁のないものでしたが、母にねだられ続けて根負けして、なけなしのお給料をためたお金でブランドバッグを買ってあげると、毒母はまるで幼い子供のようにキーキーと喜んでいました

‥昔、私が子供の頃。

子供なりに「お母さんによろこんでもらえるといいな!」と、一生懸命考えて用意したお花や小物をあげても、彼女は少しも喜ばず、こんなものいらないと平気で言い放ち、粗末に扱ったくせに‥

あげるものがブランドものだと、こんなにあほみたいに別人みたいにキーキー喜ぶんだな、この人‥

と、昔の辛い思い出がよみがえり、あまりの毒母の違いにあぜんとすると共に、店でバッグを持ってはしゃいでいる母の姿を、冷めた気持ちで見ていました

美味しいお店に連れていけ!→私の名を利用していじきたなくサービスを要求する

「お前が見つけた、おいしいランチやスイーツの店に連れていけ!」のおねだりも激しかったですね‥

私には、社会人になっていきつけになったレストランがありました。

職場の近くにあったそのレストランで、ときどき遅い夕食を食べたり、当時の彼氏だった夫とよく通ったんです

私はしぶしぶそのレストランに毒母を連れていきました。

そうすると、私と顔見知りになっていた店員さんから、ご厚意で、私と母にデザートをサービスしてもらったんです。

喜ぶ毒母
喜ぶ毒母

あらぁ!頼んでないのにこんな豪華なデザート出してもらっちゃったぁ!

‥サービスに味をしめた毒母は、その後、溺愛妹(無職)を連れてしょっちゅうその店に行くようになったんです

ディナーは高いからと絶対行かず、訪れるのはいつもお手頃ランチタイム。そして頼むのはいつも一番安いランチメニュー。

しかも来店の度にわざわざ店員さんを呼びつけて

タカる毒母
タカる毒母

ティーコの母ですぅ!

娘がいつもお世話になってますぅ!

私の名を出してアピールし、そのたびにお店からさまざまなサービスを母と妹に対してしてもらっていた、ということを後から知りました‥恥すぎる‥

なぜこのことを知ったかというと、毒母がそのままげろったからです。

タカる毒母
タカる毒母

またあのお店いっちゃった!

タカる毒母
タカる毒母

アンタの名前出して挨拶したら、妹ちゃんとアタシに、またタダでサービスしてもらっちゃった!

得したわー!

と悪びれもなく言う毒母を目の前にめまいがしました‥

百歩譲ってディナーにでかけるならともかく、けち臭く安いランチばかりを頼んで、しかもそのたびに私の名を出してサービスを要求するなんて‥なんて恥ずかしくてあさましい人なんだろう‥

しかもそのお店は、私が通い続けて、少しずつ信頼関係を気づいてきた場所。

その場所に後からずかずかと乗っかってきて、その上私の名を使っていじきたなくサービスを要求する毒母。

私が一人でゼロから築き上げた信頼関係や人との関わりを踏みにじられ、そのうまみだけをずるくごっそりとむしりとられた思いがしました

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結婚後、「お父さんの浮気をやめさせてぇ!」と要求された

結婚後、私は実家から遠方に越したのですが、母からは毎日電話がかかってきて、彼女の長電話に付き合わされました

私は新生活で忙しく、本当は嫌だったのですが

当時の私
当時の私

母は寂しがり屋だから、私が遠く離れてさびしがっているんだろう。

当時の私
当時の私

寂しい思いをさせているのは私なんだから、彼女の相手をしなければならない

私は家を離れ、母をさびしくさせてしまったことに責任や罪悪感を感じていたため、家事や用事をしながら、時にはその手を止めて、母の話し相手をしていました。

電話は毎日一時間以上に及びました

あるとき、いつもの電話で母が怒りながら

毒母
毒母

お父さんが浮気してるぅ!

あんた、お父さんに言って浮気を止めさせて!

と電話口で言ってきたんです

母は家族の携帯電話チェックを、まるで息を吸うように当然なこととして行う人間でした

きっと実家にいたころの、私の携帯電話の中身も暴かれていたのだと思います

そんな母が、いつものように父の携帯をチェックすると、知人女性とのあやしいやり取りをみつけたのだそうです‥どうでもいい‥聞きたくもねえ‥

お父さんの浮気を止めろ!と私に簡単に言いますが、

あのね、私はね、実家と新幹線で数時間の距離に引っ越して、結婚して新生活を始めて間もないタイミングですよ?

しかもこれを言われたときは、ちょうど新天地で仕事が見つかり、働きだしたタイミングだったんですよ?母もそれを知っているはずなのに、これなんです。

子がどんなに大変だろうと、自分の不満を解消させるのが第一!

くるってますよね

でも当時の私は‥はい、いつもの親孝行教の洗脳が脳を支配しているわけで

当時の私
当時の私

ただでさえ母をさびしがらせてるんだから、その母の悩みを解決しなければならないんだ‥

こうなっちゃうんですね。

私は父の浮気を止めるために動くことになりました

毒父に電話でそれとなくヒアリングしたところ

毒父
毒父

うるせえ!俺はやってねえ!

お前に関係ねえだろう!

罵声を浴びせられ、話になりませんでした。

しょうがないので時間を縫って、父宛に手紙をしたためました。「お母さんも女性の影があると不安になっているから、もう落ち着いてお母さんとの時間を大切にしてほしい」と‥

それでも奴らは落ち着かず、母がずっとわめきつづけるので、私は仕方なく、働きはじめたばかりの職場に頭を下げて休暇をもらい、実家に帰りました

父に面と向かって、キレないように細心の注意を払って

  • 母が悲しんでいる。
  • もし浮気をしているのなら止めて、母となかよく暮らしてほしい。

ということを心を尽くして伝えたのですが、やはり「うるせえ黙れ!」とキレて話にならない。

それを母に伝えたところ、なぜか高笑いをしながら「ああ、バカらしい!ほんとバカな奴らばかり!」と捨てゼリフを吐いてどこかに出かけていきました

‥新しい仕事や慣れない新生活を一時停止して、遠方の実家にわざわざ足を運んで親の浮気を止める行動をした私の徒労など一切ねぎらわれることなどなく、それどころか二人に罵声や嘲笑をしたたかに浴びただけ。

私はそのまま、新幹線にのって帰宅しました。

車窓をぼんやり眺めていると、今回の(あほくさくてゴミみたいな)できごとが頭をぐるぐる回ります。

両親の愚かしさ情けなさ、自分が使わされた膨大な無駄なエネルギーに対して一切のねぎらいもなく、何もかも無駄で私が使役され、疲れはてただけだった‥様々な感情が入り乱れて、新幹線では流れてくる涙を止めることができませんでした

まわりの人に見えないようにしなきゃと思いながら、新幹線の座席で止まらない涙に困惑していると‥

たまたま新幹線で隣に座っていたマダムがそれに気づいたようでした。

でも、大声で騒ぎ立てることもなく、「あなた、もしよかったらこれ食べてね!」と笑顔で優しく語り掛けてくれながら、涙を流す私にお菓子を次々と差し出してくれたんです

血を分けた親にとんでもない目に遭わされた直後に、たまたま席が隣り合わせになった、まったくの他人のマダムの優しさに心を温めてもらった。

この時のことは印象的で、何年経っても忘れることができません。

‥私が成長後、このように毒親はどんどん増長し、理不尽な要求が増えました。

こんなエピソードがどんどんどんどん積み重なったことにより、

「自分の親は個性的とかそういうのじゃなくて、おかしいんだ。自分にのっかり、自分にどんどんダメージを与える存在なんだ」ということを否定できなくなってきたんですよね。

「親は絶対だ」という毒親からの長年の洗脳が、その毒親自身による自己中で奇怪な行動がエスカレートすることによって、どんどん突き崩されていった、というエピソードー毒母編ーでした

コメント

  1. HIRO より:

    ティーコさん こんばんは

    いつも興味深く読ませていただいています。
    今回は、私の近況についてコメントいたします。
    毒母は90歳、毒父は88歳で両親との絶縁を覚悟してから10か月が経過しました。
    両親とは別居でしたが、ほぼ毎週交流していました。
    どこか普通ではないと感じながらも、私達夫婦は我慢を続けました。
    「親子なんだから、いつかはわかってくれる」と信じていたのですが、私達を罵倒し、攻撃をし続けました。
    人を区別し、見下し、平気で傷つけてきました。
    毒親は「愛情の無い人間の屑」だと分かり、動物以下の両親との絶縁を決意しました。
    きっぱり絶縁してからは「自由と幸福」を感じることは増えましたが、過去の傷は簡単には乗り越えられません。
    この先、どんなことがあろうが「沈黙を貫くだけ」という答えはだせたものの、不安や恐怖に苦しむ日々でもあります。
    先日、そんな私を救ってくれそうな本に巡り合いました。
    『幸せになるには親を捨てるしかなかった』シェリー・キャンベル著
    サブタイトルは「理想の家族の呪いを解く」です。
    この本の106ページに「あなたが立ち直るのを見て、同じようにもがいている人たちも、もっと自分を優先して生きていいのだと思えるようになります。あなた自身が、彼らの希望になれるのです」と書かれています。
    ティーコさんのブログも全く同じ力が有ると思います。
    実は今月、初孫が誕生しました。(女の子です)
    毒親には一生教えません。
    何故ならば、毒親育ちの私達は「毒の連鎖を断ち切らなければならない」からです。
    長くなりましたが、最後にこの本の最後に書かれたとても素晴らしい文章を紹介して失礼します。
    「愛する娘へ、あなたを支配する人間はどこにもいません。私たちの間にあるのは愛情だけです。これからも、あなたがいる1分1秒をたいせつにし、愛していきます。」

    • ティーコ ティーコ より:

      HIRO さま
      コメントが大変遅れてしまい、申し訳ありません。
      近況のご報告と、本のシェアをありがとうございます。
      そして、お孫さんのご誕生おめでとうございます!
      お孫さんを連れて実家を訪れて、暖かいふれあいができないくらいにHIROさんのお心は深く傷つかれている‥
      そのことを親御さんはお気づきにならない。わが毒親も、自分のしたことがどんなことだったのか、
      自分が子にしてきたことの加害性や重大さに気づかず、あんたが悪い、あんたがおかしいといつも私を責め、被害者の顔をしています。
      哀しいですね。
      そんな悲しさが払しょくされるほどに、どうぞお孫さんとお幸せで穏やかな時をお過ごしになってくださいね。

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