「無視されること」は慣れていると思っていたのに

雑記


私が生まれ育った毒親家庭では、「突然不機嫌になる毒父から、機嫌が直るまで徹底的に無視される」ということがごく日常の出来事でした。

だから、私は「自分は、人から無視されることには慣れている」と思いこんでいたんです。

でも、どうやらそれは違っていた、ということに気づいたできごとがありました。

それは中学校の頃、仲良くしていた人たちから突然、集団無視をされたときです。

この経験で、私の心の中の何かが、悪い方に変化したんです。

心が変化するぐらいに、私は人からの無視にダメージを受けていた。

私は決して、人からの無視に慣れているわけじゃなかった。

そのことにやっと気づいたんです。

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仲良くしてくれていたAちゃんのこと

中学生の時。当時クラスで仲良くしていたAちゃんは、明るくて元気で話も面白くて人気者で、どうして私と仲良くしてくれるのだろう?っていうような子でした。

基本はAちゃんと私の2人でいたのですが、Aちゃんはそういう魅力的な子でしたので、Aちゃんを慕って寄ってくる女の子が多くて、自然とたくさんの子が集まってきます。

結果、女の子がたくさん集う一大集団となり、その中で毎日過ごしていました。

そんなAちゃんから、あるとき、私は突然無視されるようになったんです

心当たりはありました。

私はAちゃんとちがって、日常的に毒親にいじめられていて心も考え方も歪み、疲れていて余裕がなく、きっと付き合いづらくて性格も悪くて嫌な子でした。

Aちゃんの心の広さで仲良くしてもらっていたのだと思います

そして言い訳を許してもらえるのならば、家庭での毒親の相手や、毒親からの要求に対する対処とか、不仲だった毒親の夫婦喧嘩などで当時の私は毎日削られて疲れ果てていて、自分の人間関係に割けるエネルギーなど、そんな余裕などなく生きていました。

きっとAちゃんは、そんな私の言動の何かが気に障ったり、嫌な私の言動に限界が来て、私を無視しはじめたんだと思います。

無視はAちゃんだけではありませんでした。

Aちゃんが好きで寄ってきた、グループの子たち全員が、一斉に私を無視しはじめました

無視には慣れている

無視に気づいた私は、特にあわてたり泣いたりとかはなく、淡々とそのことを受け入れたんです

当時の私
当時の私

無視されることは慣れているから。

そう思って、黙って一人で過ごし始めました。

無視は慣れている。なぜかというと、生まれ育った毒親家庭では、不機嫌になった毒父に無視されることなど日常だったからです

父親がひとたび不機嫌になると、何週間も、まるでそこにいないかのように無視されるような状態が断続的に続く家庭に、私は生きていたんです

私はこんなクソオヤジのクソムーブの被害を生まれてからずっと受け続けていたので、自分は人から無視されることには慣れている、と思いこんでいたんですよね

Aちゃんをはじめとした集団からの無視がつづく中、ある時の授業中、教科書にかかれたらくがきが目に入りました

あ、これ、まだAちゃんに無視される前、授業中、Aちゃんがそっと私の教科書に落書きしたやつだ。

これを二人でみて、そっと、ふふって笑ったな。

あの時はAちゃんと笑顔でおしゃべりしてたんだ。

ちょっと前のことなのに遠い記憶みたい。

と、落書きを見てひとりでそんなことを考えたりしていました

嫌われたことをあからさまに表現されるって、心にくるものなんだな‥

何も事情を知らない、隣のクラスの、Aちゃんの仲良しの女の子が、教室の入り口から私に話しかけてきました。

ティーコちゃん、Aちゃんと部活行くから、Aちゃんのことを呼んでくれる?

私はAちゃんに近づき、「Aちゃん、お友達が迎えに来ているよ」って言いに行きました。

Aちゃんの周りで楽し気にしゃべっている女の子たちが、一斉に私を冷たい目で見ます。

中でも、Aちゃんはみた事のないようなものすごい形相で私を睨み、目の前でプイッ!と音が出るかってほど顔を背けて立ち去っていきました。

Aちゃんが私をにらむすごい目つき。今まで仲良くしていた子に、目の前で「お前嫌い」と言う態度を取られると、さすがに心が痛むんだなぁ‥と思ったことを今でも忘れられません。

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しかしながら、私がいつまでたっても、無視されてもずっとひとりでいることに、優しいAちゃんはおそらく罪悪感を覚えたのでしょう

Aちゃんはある日、私に恐る恐る話しかけてくれました。

「あ、終わったのか」

これもまた、毒親家庭で昔から経験してきた毒父による無視コースとまったく同じ経路をたどってるな、と思いました

無視や不機嫌に飽きた父は、あるとき突然笑顔で家族に話しかけてくるんです。

それが「今回のお前らの無視は終わり」という合図

それからは何事もなかったかのように、家族の会話がある日常が回りだすんです。

Aちゃんが私に声をかけるとまもなく、周りの女の子たちも、何事もなかったかのように私と話すようになり、私もまた、何事もなかったかのように、Aちゃんを中心とする、女の子グループで行動を共にするようになりました。

私の内部が、人に対する思いが、悪い方に変わってしまった

無視なんて昔から毒親からされてきていているから慣れてると思っていたし、いつものことだとスルーできるもんだと思っていた。

でもこの出来事以降、私の内部には変化が現れました
残念ながら、ネガティブな変化です。

この後、私の心には、Aちゃんに対してだけではなく、人との間に膜のような壁のようなものができてしまったんです。それはとても強固なものでした。

例えば体に深い傷を負うと、そこが回復したとしてもいつまでもきずあとが残ったり、傷を負った部分に長年違和感を覚えるような感じで、

それまでも毒親の悪影響による人に対しての警戒や嫌悪の感情はほのかに心に存在していたのですが、中学校で集団無視に合った以前と以後では、私の内心では、ますます人に対して壁をつくるようになってしまいました。

人と自分を分離する、、強固な壁や膜、フィルターのようなものが、心の中にできてしまったんです

無視されるのは毒親家庭で日常だと思っていたのに。中学校での集団無視の経験は、私と人との”心の距離”を遠くするきっかけとなってしまいました。

家庭での無視、そのダメージの蓄積が、中学での集団無視という経験によって、臨界を迎えてしまったのでしょうか?はっきりとした理由は、いまだにわかりません。

コメント

  1. Yoko より:

    こんにちは。
    毒親の癌告知を検索していて辿り着きました。
    他の記事も読ませていただきました。全部は読んでないのですが、時間を作って読もうと思っています。

    私も同じ状況で家庭内での無視は普通のことでした。
    怒鳴られるか無視されるか。学校でもいじめに遭いました。
    愛玩児の弟との差を感じるのが嫌で、何も感じないことを覚えてしまいました。

    50歳になる今でも人との距離の取り方がわからないです。
    あなたのおっしゃる「壁」だと思います。
    無視って怖いですね…ダメージが大きいんですね。

    家族という人生で初めての集団で無視されることによって、もっと大きな集団での立ち位置がわからなくなってしまったんじゃないかというのが私の持論です。
    今は親とは絶縁して子供と旦那がいます。

    家族の中で私は女王様のようです。が、それではきっとダメなんですよね。
    過去に戻って親と家族をやり直すことはできません(したくないですし)。
    でもあなたの記事を読んで、私の今の家族と自分を育て直してみようと思いました。

    私はあなたのように上手に言葉で表現ができないので、自分の心の中にあったことが可視化されていてうれしかったし、すっきりしました。ありがとうございました。

    • ティーコ ティーコ より:

      Yoko さま

      はじめまして。私のこのブログを見つけていただき、コメントまで寄せていただきありがとうございます!とてもうれしいです。

      無視についてのご考察、とても腑に落ちました。
      こんなひどいことを幼い頃に親にされれば、それはそれは混乱し、以後の人との関わりに悪影響が及ぶに決まっていますよね…

      私の書いたブログがお気持ちやお考えの整理の一助となり、何かのお役に立てましたならばとてもうれしいです。

      私も未だ毒親からの解毒の途中です。
      その道すがらの状況や気がついたことなどを、これからもブログやXにリアルタイムで記していきたいと考えていますので、よかったらこれからもお読みいただけると嬉しいです。

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