私の30代は、毒親の相手に疲れ果て、毒親と関わることに限界を迎えることから始まりました
毒親からの攻撃に必死で防御し、疲れや後遺症に苦しみ、体も心もクタクタで‥
それから約10年の間、ほぼ、何もすることができませんでした。
30代って、家庭や社会で活躍する世代ですよね。子育てや仕事、地域コミュニティなどで‥
同世代の30代がさまざまな場面で活躍するのとは逆に、私はなにもできず、まるで海底に沈んだまま、じっと水面を見ているだけのような状態でした
当時はもう私の人生終わった、と思いました。
貴重な30代をまるまる棒に振る人間なんて、もう終わったと。
でも、そんな絶望の30代を終え、40代を過ぎたころから、できることがほんの少しずつ増えて、ゆっくり動き始めることができるようになってきたんです。
もちろん、同世代の活躍中の人とは、私ができることなどくらべものになりませんよ?
それでも、今、あの「終わった」と思っていた頃と現在の自分を通して見ると、
何もできなかった私の30代、期間にして実に10年間というのは、
- これまで毒親に傷つけられてボロボロになった心身を修復し、
- これから前進するためのエネルギーをチャージしていた
こんな時期だったのかもしれない‥と思えるのですよね
無理がきかなくなった→動けなくなった30代
30代より前、若い頃はどんなに落ち込んでも、何とか無理やり次の展開に進めていたんです。
でも30代に入ると、それができなくなりました
毒親からの攻撃による疲れの蓄積で体は動かなくなり、そんな心身では何をやってもだめ。
疲れはますます増すばかりで、人生は後退ばかり。絶望の連続でした
そのうち、これまでのように、必死でもがくことはできなくなりました
そんな当時に、私が書いたメモが、最近引き出しの奥から出てきたんですよ。
多分、その日の目標を書きだしたのだと思うのですけれど
- 笑う
- 食べられるときに何か食べる
と、よたよたした字で書かれていました‥
普通の人が何気なくする笑うとか食べるとか、そういうことすら目標にしないとできないような悲惨な状態だったんですね
30代は、家庭や社会で大きく活躍する時期なのに‥
30代って、家庭や社会などで、元気に活躍する世代ですよね。
近所には同世代の人が多く住んでいるので、みなさんが子育てや仕事、地域活動や交流など、日々元気に活動する様子が日々目に入ったものでした。
そしてお正月には、知人の同世代のみんながその1年間、一体どんな充実した生活をしてきたかっていうのを、華やかな写真入りの年賀状で丁寧に記したものが毎年家に届きました
同世代のみんなはこうしてどんどん人生を前に進めているのが嫌でも目に入る。
私はいつまでたっても何もできず家で体を横たえているだけ。
現状を変えようと、どんなにもがいても悪あがきとしかならず、なにをしてもだめ‥
まわりの人と比べ、だめな自分を責め、でも何もできず諦めて。。
まるで自分は海底に横たわり、水面で活発に泳ぐ魚たち(同世代)の様子をぼんやりと眺めているような、そんな状態が続きました
修復とチャージをしていた10年間だった
でも、その期間を通り過ぎたいま、改めて、失った(と思い込んでいた)10年のことを振り返ると
10年もの長い間、なにもできずにじっとすることで、ボロボロになってしまった自分の、これ以上の消耗を防ぐ、という、当時の自分にとって最も必要で大切なことをしていたんですよね
どんなに動いてもだめだった、ということは、
毒親からの長年の攻撃によるダメージは底知れなかった。だから、「修復のために、今は動いちゃダメ!休息して!」という心身からのメッセージだった、とも取れます
そして同時に、自分でも気づかないうちに、「これから動くためのエネルギー」を少しずつチャージしていたんです
これ、やってみようかな?→できた、なんだか気分がいいな
何もできずに30代が終わり、40代に突入してもしばらくはなにもできることなく、ただぼんやりと過ごしていたある時。
何気なく見ていた動画で、「朝日を浴びることが体や心にいい」という情報を目にしたんです
いつもならふーん私には関係ないな、と流していたようなその情報が、その時だけはなんか妙に心に残り、
そして、「そんなに言うなら、私も試しに、朝日を浴びてみようかな?」と思ったんです
私はそこで、「日当たりの良い窓辺で、朝日を数分浴びる」という、たったそれだけの行動をとってみました
でもこれが私にとってはなんだか気持ちよく感じて、その上、「気持ちいいと感じられることが、自分にもできた」というほのかな成功体験となりました
そして、ここから本当に少しずつですが、前に進むことができるようになったんです
今思うと、この「いつもは聞き流していたけれど、妙に心に残って、しかもほんの少しだけど実践した」というのは、動くためのエネルギーが少し蓄えられたよ、というサインで、そこで「行動したことでいい気分になれた」という成功体験を得られたんですね
「朝日を浴びてみようかな」という思いがわき出てきた以降も、ちょっとずつ、これやってみたいな、と思えることがポツポツと出てくるようになってきて、少しずつ行ってみて、ああいいなと実感できて‥
これを年単位でちょっとずつ積み重ねて、の繰り返しで、ここまできたという感じです
現在だって、もちろん私のパフォーマンスなど同世代と比べちゃうと人並み以下ですよ?
働けるわけでも家事が上手にできるわけでもない。人とはリアルに関わる事が難しい‥できないことだらけです
でも、人との比較をいったん止め、過去の自分と現在の自分を比較すると‥なにもできずに地を這っていた30代のあの頃とは比較できないくらいに、いろんなことを考えたり、動けるようになっているんですよね。
まとめ
何をしても無駄なあがきとなり、体が動かなくなったあの10年もの間、もう、私の人生なんて終わったと思いました。
でも今考えると、あのなにもできずにただぼんやりと過ごしていた長い時というのは、これまで毒親から長年つけられ続けた傷をじっくりと修復し、そして今後動くためのエネルギーを貯めるチャージ期間だったのかもしれない、と思います。
その証拠に、あの十数年の空白期間を経た今、自分のペースで、本当にゆっくり少しずつですが、体も心も動き始めることができているからです
次の記事では、何年もの間海底で体を横たえていたような状態だった私が、どんなプロセスを経て、少しずつ動けるようになったのか?どんなことが体や心に効いたかな?ということを書いていこうと思います。
コメント