人と一緒にいるのがしんどい。一人が一番落ち着く毒親育ち

毒親育ち

毒親育ちは周りの人と関わるとき、どんなに短い時間でも、たった一人と会うだけでも‥ものすごいエネルギーを消耗します。

なぜかというと、毒親家庭に生まれ育った中で、長い間毒親にひどい扱われ方・接され方をされてきた毒親育ちは、

人間というのは恐ろしくて、自分に害を与える存在なんだ‥

という事を家庭内で嫌というほど思い知ってしまい、毒親だけではなく、人間自体への恐怖や嫌悪でいっぱいになってしまっているのです

毒親家庭に生まれたばかりに、自分も人間だというのに‥

幼い頃にはすでに、人間という存在にに嫌気がさしている毒親育ちは少なくないのです

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以前、毒親育ちの後遺症として、

人間不信・人間嫌悪という非常に生き辛い性質が身についてしまっている、

その辛さや苦しさにはどのようなものがあるか?ということをまとめた記事を書きました。

毒親育ちの後遺症ー人間不信・人間嫌い
毒親育ちの後遺症はたくさんありますが、中でも致命的と言えるのは「人間不信・人間嫌悪」の感情だと思います。人なのに、人が嫌い。その後遺症の影響で、たくさんのストレスや疲労を抱えて生きています

でも、どんなに人が嫌いになってしまっても、人として生まれてしまった以上、人とうまく関わらなければ、生きることが困難となります。

近所、保育園、親戚、学校、会社‥

たくさんの人と共にいなければならない状況に取り囲まれていますものね‥

仙人のように山奥で一人で暮らせればいいのですが、とても現実的ではないですし、それはそれで別の困難がたくさんありそうです

「この世に存在する人間は、どうやら毒人間タイプばかりではないらしい」という気づきはあるものの‥

生まれて初めて出会った人間たち(毒親)は、自分に理不尽な危害を加えてくる恐ろしい存在でした

やがて幼稚園や学校で毒人間以外の人と接する機会が増えるうちに、

外で出会う人たちというのは、どうやら毒親と違って理不尽な暴力や攻撃を突然してくるような人ばかりではないらしい

(いても暴力教師や暴力的なクラスの男子くらい。遭遇率としてはとても低い)

それどころか、こちらが優しさや誠意を向けると、きちんと優しさや誠意を返してくれる人がたくさんいる‥という事に気づくのですよね

きっと、この外で出会った人たちと仲良くなったらいい関係を築ける。

そのことにはうすうす気づきはじめているんです。

でも‥毒親育ちは、なかなかうまく人と仲良くなれないんです。

ありのままの自然な姿で人と接することが出来ない

毒親家庭で長年自然な姿をみせると攻撃や否定ばかりされてきたため、自分を開示するということが恐ろしくてできないんです

それに、毒親は子供のありのままの姿を認めません。

それだけではなく、気分でバカにしたり、罵倒してストレスを解消します。

毒親育ちは、長年本当の自分を、親に否定され続けて生きてきたわけです。

そしてこの毒環境で自分がこれ以上傷つかないように、余計な攻撃を受けずに生き延びられるように、本当の自分を隠して生きることが癖づいてしまっています。

そんな状況なのですから、例え家の外で優しくおだやかで、仲良くできそうな人と出会ったからといって、その人に対してだけ本来の自分を開示して生きることなんて、急にはできないのですよね‥

家の中でもそうなのですから、家の外でももちろん、人と接するときには、人と接するための仮面や鎧をつけて、自分ではない人格を作り上げるのが身についてしまっています

また、毒親育ちは周りの人の顔色を必死にうかがう癖がついてしまっています。

嫌われないように、何より自分に攻撃や害が及ばないように、目の前のこの人たち(毒親)の機嫌を損ねないように慎重に関わらなければならない‥

家庭内で毒親に対して長年そうしてきたため、人と接するときには自動的に、顔色伺いのスイッチが入ってしまうようになってしまったんです。

これではますます、人前で自然にふるまう、なんて無理です。

人と接するときは、自分にとって超不自然な状態、エネルギーを大量に消耗ながら必死で「自然に和やかに人と関われる人」を演じ続けます

これは本当に疲れるんですよ‥

人と仲良くなりたい、なんてことよりも、もはや人と関わるときは「ここをうまく切り抜けなければ‥」という思いが最優先です。

周りに自分以外の人間が一人でもいれば、この精神の緊張状態は続き、決して気を抜けません。

毒親育ちがほっとできるのは一人でいる時。人が周りにいない時です。

私は家族が寝静まった深夜がいちばんホッと心落ち着く時間でした

夜中なら毒親たちも寝ているから暴れたり部屋に突撃されることもない‥

寝る前までの夜中の束の間、今日も一日学校・職場・毒家庭での人との付き合いでくったくたに消耗した心身を、好きな音楽や本をお供に一人でほっとしながら過ごしていたものでした

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人と一緒にいるだけで疲れる。一人になりたい‥

毒親育ちは、家庭内での毒親との関わりによって、

人間とは一緒にいると疲れる存在‥一緒にいる時は極限まで気を遣ってこの場をやり過ごさなければならない‥

そんな思いが第一に浮かんでしまいます

誰かといる時は、常に精神が戦闘態勢、体には余計な力が入っている状態になってしまいます

たまたまとっても変な人間(毒親)の元に生まれついただけなのに、毒親育ちは、もう人生開始早々から、すでに「人間は怖いし厄介。人間と関わるというのはとても大変で疲れること」としてインストールされてしまっているんですよね

だから、どんなにいい人でも優しい人でも、長く一緒にいると疲れてしまいます。

早く一人になりたい‥みんなで遊びにいくなんて約束しなければよかった‥

そして、どんなに優しくいい人と出会い、奇跡的に仲良くなれたとしても、付き合いは長続きしないことが多いんです。

「この人なら大丈夫かな」と恐る恐る仲良くなることができたとしても、最初こそよいのですが、いつも一緒にいると、そのことにだんだん疲れてきてしまうんですよね‥

何も理由なく、ただ一緒にいること、仲良くすることに対する辛さに限界がきて、仲良くなった人から離れてしまう‥なんてことはこれまでたくさんありました。

あのとき、私に優しく接してくれたお友達、急に離れた私の態度に戸惑ったよね。

本当にごめんね‥

毒親の悪影響で、人に対する印象が悪くなってしまっている‥

このように、毒親育ちというのは毒親によって、人というのは恐ろしくて嫌で一緒にいると疲れる存在だ、という強烈な刷り込みを毒家庭内で長期間にわたりなされてしまっているんです。

その影響により、人へ必要以上の恐怖や嫌悪を抱いてしまっています

そのため人と自然に付き合うことができず、どんなにいい人と出会っても、仲良く穏やかな関係で付き合いを続けることは大変困難であり、一人じゃないとほっと一安心できない仕様になってしまっています。

こんな残念な性質を毒親家庭で強制的に作られてしまったにもかかわらず、人という社会的存在である以上、人と関わらないと生きることはできません。

学校や職場など、団体で、集団で、よい関係を保ちながら長い時間を過ごさなければなりません

自分だって人だけど、人と一緒にいるのがしんどいんだよな‥。

こんなハンデともいえる辛い性質を抱えながら、人一倍の疲労を感じながら、学校や職場などの大勢の人の中で長年過ごし続けているというのは、ほんとうにものすごい大仕事をやっているのと同じです。

人間なのに人間が苦手。でも人間の中で生き続けなければならない。

ほんとうに、よくがんばってますよね、毒親育ちの私たち‥

コメント

  1. ポムポム より:

    はじめまして。
    現在夫がうつで休職3ヶ月目です。

    夫も家庭環境が悪く、暴力振るう父親と事なかれ主義の母親の元で育ちました。夫の家族は義妹以外もういませんが、納骨堂にいくことはありません。

    このブログをみつけ、夫について理解する参考にさせていただきました。ありがとうございます。

    • teakocoffee より:

      ポムポムさま
      ブログをお読みいただきありがとうございます。
      私の経験を綴った文章が、ポムポムさんの何かお役に立てましたならうれしいです。
      自分のことを理解しよう、寄り添ってくれようとしてくれる心ある人がそばにいることはとても心強いです
      夫さんもそう思っていらっしゃることと思います

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