毒親育ちの後遺症の症状の一つとして、前回は人間不信・人間嫌いについての記事を書きました↓↓↓
この記事では、毒親の元で生まれ育ったことにより、毒親育ちの人生に多大な悪影響をおよぼす別の後遺症の一つである、疲労によるエネルギー不足について記していきたいと思います
生まれ育った毒親家庭の悪影響により、毒親育ちは子供の頃からずっと疲れているのですが、いったいどのような削られ方をされてきたのか?
それを以前記事にしました。↓↓↓
毒家庭での疲労。その悪影響は、子供時代だけではなく、残念なことに生きている限りずっと人生に及ぼされます。
日常生活はもちろんのこと、受験や仕事、そして妊娠子育てなどの、人生において「ここぞ」という大イベントに、適切な力を出すことが困難になります
たとえ幸運に恵まれたり、その時にものすごくがんばってうまくいったとしても、そこですべての力を使い果たしてしまい、しばらくぐったりと動けなくなってしまうことも少なくありません
疲労によって、普通の人が、普通に得て、普通に継続できることができないのです
この記事では、
- 毒親育ちは一体どんなふうに疲れているのか?実生活への悪影響の数々
- 疲れによって、毒親育ちの人生はいかにハードなものとなってしまうのか?
私の過去の実体験をおりまぜつつ、これらのことについて書いていきたいと思います
疲労の原因(毒親)に怒られる理不尽
毒親育ちは子供の頃から毒親に生存を脅かされながらビクビクと毎日を送っているため、ただ生きているだけでくたくたに疲れ果てています。
そのため、学校へ行ったり、友達と遊んだりといった子供の日常すら、疲労のためにうまくできない、何なら疲れてやりたくないんです
人も行事も避けてとおりたい、一人でいたい。もう解放してほしい…いつもそんな気持ちでいっぱいです
疲労が強いあまり、人との関わりを子供時代にうまく学べない。
これは人としてこの世を生きることにおいて、非常に致命的なダメージといえます
何をするにも疲れて面倒だった子供の頃
私は子供の頃、何をするにも面倒でしかたがなかったんです。
どうしてもしなければならないことは、さっさと済ませてはやく一人で休みたい…いつもそんなふうでした。
当時はなぜ、私は何をするにも疲れているのか?その原因がわからなかったのですが、今ならわかります。
親によって恐怖と不安でいっぱいの毎日を過ごすことで、ただ生きるだけでも消耗をかさねていたため、普通のことを普通にできるエネルギーが体に残ってなかったんですよね
疲労の原因から疲労を叱られる理不尽
うちの毒親は、私がいつも疲れていてぐったりしている姿が気に障るらしく、しょっちゅう怒鳴り散らされていました
あんたはいつも何をするにもめんどくさそうだな!
見ているだけでイライラするんだよ!
もっとみんなみたいにシャキシャキとちゃんとやれ!
怒鳴ってる毒親本人が私を疲れさせている元凶なのに、その元凶に怒られるって一体どんなギャグなんでしょうね?理不尽の極みです。
いつも疲れていた子供時代の私にとって、毒親との生活というのは、疲労と恫喝のループ地獄でした
虚弱体質…?あのさ、そこじゃねンだわ…
我が毒母は、私がいつも疲れているのは、毒親である自分が原因だとはまったく認識せず、「お前の虚弱体質のせい」と勝手に決めつけたようです
この虚弱体質を解消するために、当時彼女がはまっていた自然療法の何かにアドバイスを受けたらしく、「酢漬けの大豆を食べればお前の虚弱体質は治る!」と結論付けました…
自然派?か何だかわからないくそまずい酢漬けの大豆を用意し、毎日大量に食べることを私に強要してきました。
原因究明が大間違い(私の疲労の原因は毒親であるお前たち)な上に、まずい食べ物を強制的に食べさせられるという始末です。
不幸と疲労の原因そのものにより、苦痛のミッションを課されるという地獄です。
もちろん酢漬け大豆ごときで私の疲労は治るはずもなかったのですが、そのことを「高い金出して大豆を買ってやったのに、なんで治らないんだ!」とまた私のせいにされて無駄に怒鳴られ、損な体験をさらに上積みしました
すべてにおいて疲れて辛い
毒親育ちは、上で挙げたように、毒親から常に波状攻撃の如くダメージを与えられているため、いつも疲れています。
もう何もしたくない。縁側でお茶をすすっていたい…そんな気持ちで日々をすごしています。
子供なのに、子供の元気を奪われている状態です
そのため、普通の子供、普通の人が普通にこなせることが、本当にだるく辛く感じてしまうんです。
その辛いものの数々を、私の辛かった思い出と共に、一部記していきたいと思います
学校行事が辛い
できれば何もしたくない。ゆっくりしたい。休ませて。お願いだから一人にしてくれ…
しかし、子供がただぼんやりと生きていくことは不可能です。やらねばならないことはじゃんじゃん目の前に迫ってきます
地獄の学校行事
例えば子供の頃なら、学校生活を送っていると、日々の勉強や習い事などの他に、季節ごとの行事をこなさければなりません。
私はこの学校行事が大嫌いで苦痛でした。
春の運動会からはじまり、プール、学習発表会、マラソン大会と怒涛のように続く学校行事。
なんでこんな疲れることばっかり定期的に押し付けられるんだろう…
あほみたいに時間と労力を消耗するし、
ちゃんとうまくやらなければ先生や親に大声で怒られるし…
天気のいい春の日、校庭で教師に怒鳴られながら、運動会に向けた行進の練習を延々とさせられているとき。
「こんな日には、ゆっくりと一人で森を散歩したり、日向ぼっこしてのんびり過ごしたいな。逃げたい。一人になりたい。疲れた、疲れたよ…」
「空から気球が下りてきて、私だけを乗せて、ここから逃げられたらどんなに幸せだろう」
気持ちいい日差しの中、強制的に行進をさせられ続け、疲れがピークに達していた私は、気球の妄想ばかりをしていました
もっと楽しそうに踊れ!(暴力)
しかし忙しい行事をこなすことを強要される現実は、次々と容赦なく子供の私を襲います。
小学一年生の時、なにかの発表会の出し物で、我がクラスはうさぎさんのお面をかぶってうさぎさんの踊りを披露することになり、毎日練習させられていたんです
心底ばかばかしくてだるくて疲れて本当に嫌々やっていたら、担任(鬼瓦のような恐ろしい先生)が飛んできて
なんだその不貞腐れたツラは!
もっと子供らしく楽しそうに踊れ!
とみんなのまえで何発もげんこつを食らったことはいくつになっても忘れられない思い出です。
鬼教師にげんこつ食らって子供らしくニコニコ楽しくうさぎさん踊れる子って、もうそれ頭おかしくなってません?
子供にどんな無茶な要求するんだよ…
苦役から解放される束の間・晩秋
学校行事は冬のマラソン大会が終わると、あとは冬休みまでは主だった行事がありません。
やっと学校の年間行事という苦役から解放されます。寒い11月、マラソン大会が終わると、そのつかの間の空白期間がやってきます。
11月。私はやっと解放され、ほっとすることができました。空気が冷たく落ち葉が舞う寒い11月は、私にとって束の間ののんびりを許される、とても心地よい季節でした。
公園で、冷たい水が流れる噴水の横に佇み、一人ぼーっと水を眺めるのが至福のときでしたね…
人間関係が疲れて辛い
友達関係も、物心つく前後くらいまではなんとなくふんわりとした関係でよかったのですが、小学校の中学年くらいにもなると、子供なりにも人間関係ができてきます。
学校で嫌でも朝から夕方まで一緒にいる人たちと、お互いが気持ちのいい関係でいなければならない。
ちょっとでも気に障るようなことを言ったりやったりすると、ややこしいことになりストレスの元が増える…
家でも毒親という気を極限まで使う存在といなければならない上に、学校でも人に気を使わなければならない。
常に人に対して神経を張り詰めている状態というのは、本当に消耗が激しく、疲れが増大したんです
例えば。私は、みんなで一緒に登下校する集団登校に参加することに、限界がきました。
日中嫌でも集団行動しなきゃならないのに、なんで登下校までたくさんの人と一緒にいなければならないの!
登下校のときぐらい、一人でゆっくりさせてくれー!
あるとき、私は一人、集団登校から抜け出しました。
わざと遠回りして、空き地や公園、人懐こいわんちゃんたちのいる家をのんびりと巡りながら、人との関わりからくる様々な疲れを癒していたものです
(番外編)シニア向けのラジオ番組を聞くとほっとする
これは少し余談になりますが、私は十代の頃から、なぜかシニア向けの雑誌やテレビ・ラジオ番組が大好きでした。
それらに触れると心和み、落ち着くことができたんです
私はなぜ、子供の頃からシニア向け番組で心和んでいたのかな?と考えますと、
おそらく幼い頃から毒親のヒステリーやわがままを正面から受け止め、親の親代わりのような役割を長年やってきたため、その悪影響により体の疲れだけでなく、心が実年齢よりも大幅に年を取ってしまったせいなのではないか?と思われます。
私は今でも、シニア向けのラジオ番組を好んで聞いています。
radikoで有料会員制度(課金すると、全国のラジオ番組が好きな時間に聞けるんです!)ができてすぐに会員になって、全国のシニア向け番組を探し回り、聞いてはほっこりとしています。
全国のご当地シニア向け番組を簡単に聞けるようになった技術革新、本当にありがたい…
全国には、隠れた名物・ご当地長寿番組がたくさんあるんですよ!
そこではベテランシニアアナウンサーと、常連のリスナーさんとのゆったりとした楽しいやり取りが行われています。
特にシニア層の方は、方言をごく自然に巧みに操る方言プロフェッショナルが多いので、聞いたことのない方言を耳にして、思いがけず異国情緒に浸ることもできます。
そんな多様な楽しみ方が出来るご当地ローカルラジオ番組を、いろいろスマホで受信して楽しんでいます
しかしながら…我ながら、シニア世代と共鳴するタイミングがあまりにも早すぎるとは思いますね…
ストレス耐性が低い。ちょっとのことでつまずく
家庭で毒親から攻撃されていると、打たれ続けた鉄のように強くなるんじゃないかって思いますか?
違うんです。
攻撃によって強くなれるのはバトルマンガの世界だけです。現実は逆なんです。
親から定期的に削られて激しい消耗が続くと、ストレス耐性がものすごく低下します。
子供とは、親からの励ましや支えをうけることによって、知らないことを知る勇気や、未知の世界に飛び込める力を蓄えることが出来ます
親から暴力や暴言を浴びせられ、恐怖に震え続けるというのは、その真逆の行為、やる気やエネルギー、ストレス耐性を子供から削いでいる状態なのです
子が世の荒波をわたっていけるような装備の有無
普通、親というのは、子が世の荒波に負けないように、その年齢に応じた装備品を用意し、装着してくれるような存在です。
装備品とは上で挙げたストレス耐性、心の持ちかたや、家庭があるから大丈夫という大きな安心感、そして世の中で生き抜くことができるようなスキルなど様々です
毒親はろくな装備品を子に与えません。
それどころか逆に、子が必死でひとり身に着けた装備品を罵倒したり傷つけてあざ笑ったり、未熟な装備品を子供のせいにして罵倒するようなクズなのです
毒親育ちは普通の子供とは逆で、ボロボロの丸裸状態で荒波にもまれにいく感じなんですよね
丸腰の毒親育ち、受けるダメージは甚大
毒親からの攻撃で、ただでさえストレス耐性、その他生きるための様々な力が低下している毒親育ち。
その上、心身の安全という大切な装備もろくに付けられず、ほぼ丸裸でいる人間が社会で受けるダメージはもちろん甚大です
そのダメージの蓄積により、毒親育ちはどんどんボロボロになります。
普通にできることができなくなるだけでなく、疲れはてて立ち上がることが困難になるほどになってしまうのです
普通の人が普通のタイミングでやること全般につまずく
就職、結婚、妊娠、出産子育て。
これらが成功することや、手にすることができるのは、ぶっちゃけ運の要素も大きいです。
努力さえすれば誰でもできる・どうにかなる。そんな分野では決してありません。
しかしながら、個々がそのタイミングに合わせてしっかり動くこと、適切に力を出すことが必要になってくるタイミングでもあります。
疲れている毒親育ちは、そこに動きを合わせて行動するのが大変困難で、そのチャンスを逃すことがしょっちゅうなんです。
もし運よく手に入れることができたとしても、そこですべての力を使い果たして倒れてしまいます。
反動でくる大きな疲労やダメージによってしばらく動くことができなくなるか、またはメンタルなどの病になってしまうことがあります
ここぞ!というときに力を使えず、使えたとしてもダメージがでかくて倒れこんでしまう。
普通の人のように、得たら得たものを継続していく。人生を平準化することができないんですよね。
これもひとえに、生まれ育った家庭による疲労により、残っている力・使える力が非常に少なくて限られているからなんです
まとめ
いかがでしたでしょうか。毒親育ちの子供の頃からの絶望的なほどの疲労感と、それによる生き辛さ、こうむる損の数々。
毒親育ちはエネルギーを貯蔵する暖かい場所であるはずの家庭が、逆に消耗させられる場所であったがゆえに、子供の頃から息をするだけでも疲れているんです。
その悪影響はここに記したように、人生の様々なシーンにおいて、様々な形で毒親育ちを襲います。もう長い間、生きているだけでダメージを受けて、疲れ続けているんですよ…
コメント
この記事を見付けて食い入るように読みました。毒親毒祖母から日々叱責暴力ネグレクトを受け続け私も幼い頃から虚弱体質で疲れ易く何をするにも気力がなく楽しい記憶がない。息をするだけで苦しく何も希望が無かった。母と祖母によその子供と比べられ弱い!情けない!バカ!ブス!役立たず!と執拗に言われ続け自分でもなぜこんなに弱いのかと自分を責め続け…1日を過ごすだけで疲れ果てアトピーがあるので夜眠れるはずもなく。怪しい健康食品や民間療法を鵜呑みにしてコレと言った治療もされず。お陰で無気力アトピーはいい大人になっても治らず。なぜ自分はこんなに気力が無いのか…今の今まで自分を責めていました。この記事を拝見して目から鱗!腑に落ちました!
先ずは自分を責めるのは止めます。
タヌキ さま
このブログを見つけて読んでくださったことがうれしいです。ありがとうございます!
書き綴られているお気持ちよくわかります。家族に責められ続け罵倒され、思うように動けない自分こそが悪いのだ、と私も長く自分のことだけを責め続けていました。
でも‥あれから時間も経ち、家族と物理的距離を取って客観的に思い返すと、違うんですよね。
おかしいのはおかしいと責めたてる親たちの方だった。自分は辛い環境で必死で生き延びたサバイバーだったんだとやっと気づきました。
お互いに、大変な中をがんばってここまで生き延びてきた自分のことを労り、これまでの必死のがんばりを肯定したいものですよね。