子供が立派に成長し、やがて親元を離れて自立する。これは子育ての大切な目的だと思います
しかし、毒親はその子供の自立を嫌がるんです。手助けなんてもちろんしたがりません
毒親は、子供が自分の元から離れることを妨害し、自立を願う子を必死に阻止にかかります
なぜ毒親は子供の自立を嫌がるのでしょうか?
答えはやはり、毒親は何をするにも我欲をみたすことが優先するという考えが第一にあるからです
毒親にとって、子供という存在は、どこの誰よりも、自分の言いなりに従わせることが出来る存在でした
幼い子供はどんな親でも親がいないと生きられません。どんな親でもお父さん!お母さんと親を慕い追いかけますものね‥
毒親は、そんな子供の性質を悪用し、自分の欲求を満たすために、自分の子供を道具、アクセサリー、サンドバッグとして長い間扱い続けてきたのです。
そのうまみを手放すわけがありませんし、何より長年自分のいいなりに動き、自由に使える自分の道具として存在していた子供を、大人になったからと言って一人の個人として独立することなど、とうてい認められないのでしょう…
こうして文字にしてみると、本当に自己中で勝手極まりない理屈で子の自立を阻むんですよね
運悪く毒親の元に生まれてしまった子供は、自立することに対して、本当はしなくてもいい苦労をしなければならず、たくさんの重荷を背負いながら必死にならなけれなりません。
または、自立の羽をもがれてしまい、そのまま倒れこんで動けなくなってしまうことだって、決して珍しいことではありません。
我欲によって、子の自立を、一人の人間として生きる力を奪う。それは1人の人間の人生を奪うということと等しいのです
仮に罪に問われないとしても、人間が人間に対して行う重大な傷害・加害行為といえるのではないでしょうか
この記事では、私がかつて毒親からされた数々の自立への妨害行為を記していきたいと思います
「あなたはずーっと私と一緒に暮らすのよ」という洗脳
私の毒母は、私がごく幼い頃から、私が親元から離れることを昔から恐れ、強く強く禁止していました。どんな手段をとって禁じたのか?というと、お前はこの家を出てはダメだ、とずっと言い聞かせるんです。洗脳です。
たとえば、私が幼い頃から毒母からずっと言われてきたことと言えば、
あなたはね、このお家から、スープの冷めない距離にずっと住み続けるのよ
お母さんの夢はね、あなたがここから通学や通勤をするときに、
ずーっとあなたのお世話をすることなの
だからあなたが何歳になってもここに住みなさい。
お母さんが通勤や通学するサポートをするからね。
わかった?
こんな言葉を幼い頃からずっと言い聞かされてきたんです。
まだ「将来何になりたい」、とか「どこで何をしたい」ということがわからない幼い頃から、私はすでに、自分はこの家からは絶対離れてはいけない。ずっと母と一緒に暮らさなければならない。たとえ離れたとしても、ほんとに近所にしか出ちゃだめなんだ。
こんなことを心の奥深くまで刻み込まれてきました
余談ですが、ディズニーアニメのラプンツェルをはじめて知った時の戦慄は今も忘れられません…
この子も毒母から、せまい場所に閉じ込められてる!古今東西、おかしな親の我欲により、子の自立を邪魔して閉じ込める親というのはいたのだと…
残念ながら私がこの物語を知ったのは、大人になった後でした。
もしもこの物語を幼い頃に知っていれば、こんな毒親の棲み処なんて抜け出していいんだ、親のいいなりに幽閉されなくてもいいんだ、という励ましのメッセージをもらって、私の人生はもしかしたら今とは違っていたのかもしれません
ごく少ない厳しい選択肢から、進路を決めなければならない
お前は実家から離れてはだめだ、という洗脳を幼い頃から浴びせられ続けると、無意識でその考え方に縛り付けられることになります
家が便利な都心部などにある人を除けば、進学や就職先などの選択肢は当然たいへんに狭まります
高校生ぐらいまではさほどの影響は無いのですが、問題は大学以降。本当に困りました。
学力ややりたい勉強よりも何よりも、まず第一条件として実家から通える場所でなければならない。
家の近くにはそれほど大学があるわけじゃなかったため、選択肢は非常に少なかったです。
周りの同級生たちは、どの場所にある大学に行くか?ではなくて、まず自分は何をやりたいか?という視点で進学先を選んでいるんですよね。
私は家から通える+そのうえ「家の金を極力使うな」というドケチ毒父がいたために、経済的な面でも進路を非常にせまく絞られました。
そのため、自分がやりたいことを優先した進路選択なんてもちろん不可能です。
狭い狭い範囲の中、まるでか細い糸を手繰り寄せるかのように、進学先を決めたものでした。
アンタさ、なんで薬学部行かなかったの?行けばよかったのにぃ~
私は必死の大学選択の末に、学費が安くて家から通える大学に何とか入学したのですが…腹立たしい後日談があるんです。
大学入学後しばらく経ったある日、毒母はしれっと私にこう言ったんです。
あなた、△△(遠方)の●●大(私大)の薬学部に行けばよかったのに。
あそこ学費安いんだってぇー
薬学部行けば薬剤師になれたのに、なんで受けなかったの?
おめーたちが家から通える+金のかからない学校を選べと言ったからじゃないか!遠方の薬学部なんて選択肢に入れられるわけねぇだろ!
唖然としました。
話を聞くと、おばさん同士の井戸端会議で、比較的安価で行ける薬学部があったことを今さら知ったらしいのです。いまさらかよ…
毒親はいつも自分中心にものごとを考えます。子供のこれからがかかる大切な進路だって、もちろんそのスタンスです。普通の親のように、適切なタイミングに子供に寄り添い、子供にはどんな適正があるか?これから一人の人間として生きるには、どんな進路に進んだらいいのか?なんて考えません。
我が毒親でいうと、金がかからないようにしろ。大卒という肩書を持つ子がいることを自慢したいから大学進学は許してやる。でも、親元から離れるな。そんな浅くて狭い考えの押し付けをした上で、子に進路選択を迫ります。
そして、その場その場で偶然入った情報におどらされ、適当なことをふかすんです
毒親の場当たり的で浅い考え方・生き方が透けて見えるエピソードですよね。
毒親育ちは、人生の節目で親を頼れずに一人必死にもがきます。
しかし、愚かな親の浅い生き方や考え方に常に振り回されてしまっているために、毒親育ちは人生を開始してまもなく重度の疲労に襲われています。
また、子供がたった一人で進路に対する正確な情報を集めるなんてことは不可能なために、ろくな生き方ができないことが多いんです。
生まれた家が毒親だったことで、どんなにがんばったところでそのがんばりが無駄になる、人生自体が失敗にモードになってしまう確率が高まります
進学よりももっと地獄を見た就職活動
大学卒業が迫り、就職活動がはじまりました。
就職の時は進学時よりもっと地獄でした。
私が就活をしたタイミングは運悪く就職氷河期。ただでさえ毒親の元に生まれるという不運だったのに、その上氷河期という不運が積み重なってしまったのです。
当時は4大卒・女性・浪人経験者は3大苦、と呼ばれていましたが、私はその条件全てを無事にコンプリートしていました。
その上、毒親からの長年の洗脳が効いているわけです。→家から通えるところにしか就職してはいけない、と。
この数々の絶望的縛りや悪条件の中、就職はいつまでたっても決まる事はなく、私は本当に疲れ果てました。限界が来て部屋の中で不採用通知の山をビリビリにやぶき、大泣きしたことがありました。
そんな時、両親はどうしたかというと…私の部屋に様子を見にくることもなく、聞こえないふり、知らないふり、無視をしていました。
それだけでなく、毒父はこんなセリフを私に吐き捨てたことも忘れられません
お前なぁ、大学行かせてやったんだから、就職ぐらい一人でしっかり決めろよな
毒父は高卒で、時代の良さに恵まれて、なにも努力せずにいい会社にすんなり決まったラッキーボーイでした。
そんな無努力ラッキーボーイに心ない暴言を吐かれ…私は本当に心がすさみました。
そんな時、一次面接まで進むことが出来た企業があったんですよね。
しかし、残念ながら落ちてしまったんです。
落ち込む私に対して、毒母はどこかでなにか知恵を付けてきたらしく、ニヤニヤしながらこんな風に言ってきました。
あんたが受けたあの会社、コネがあったらすぐ受かったんですって!
あんた、コネなかったから落ちたわねー
あの時の、毒母のニヤニヤ顔。
きっと、私に立派な会社に就職をされて自立されるよりも、就職が決まらずに、実家に頼らないと生きていけない子供にしたほうがずっとましだわ!という意味でのニヤニヤだったのだと思われます
幼い頃から「家から出るな」と言う自己中な呪い・縛りを私に巻きつけておきながら、しかも子が直面してしまった就職氷河期と言う社会情勢を全く理解することもなく、子を助けようともしない。
子が苦しんでいる姿を前にしても、ぼーっと見ているだけ。それどころか追い打ちをかけるように暴言を吐いたり茶化すような言動をしてくる…
私が最も人生で大変だった時期の1つに、毒親からこのような数々の残酷な態度をとられた事は決して忘れられません。ですから、彼らが窮地に陥ったとしても、私は何も思いませんし、寄り添いたいという気持ちはゼロでした。
父が末期のがんに冒された、というときでさえ、私は悲しみよりいらだちの気持ちが大きかったんです
彼の病を知ったとき。まず湧いてきた思いは「いつもいつも私の人生を邪魔しやがって…迷惑かけやがって。今度はこの方法で私を邪魔するのか!」という怒りでした
人は、かつて自分にされたようにしか、できないんですよね
子の自立を願わない、という異常なマインドを持つ毒親
このように、毒親というのは子供は言うことを聞く便利道具として手元に置いておきたいなどと、子の自立よりも己の我欲を優先し、それを子供に押し付けます
そのためには、子供が生まれてから間もなく、あの手この手で子供が健全に人生を進めることを様々な手を使って妨害し、嘲笑しながら心身をメタメタに痛めつけて、子供を家に縛り付けていきます。
そうして少しずつ、子供を自分の思う通りの奴隷に仕立て上げていきます。
これは親子という圧倒的な力関係を悪用し、子供の自立を阻害し、一人の人間の人生をダメにする、傷害罪に等しいくらいの加害行為ではないでしょうか?
…しかし。毒親は、このように家庭内という密室で子を痛めつけ、生涯にわたるダメージや人生の後退・実質終了という残虐な所業をしたとしても、決して罪には問われないのです。
現に我が毒母は年老いてなお、前科の一つもつくことなく、のうのうと生きています。
それどころか「冷酷な子に見捨てられたかわいそうな老婆」として周りに私の悪口を言いまわって元気に生きているようです
なんという理不尽。
毒親の元に生まれてしまうと、たくさんの傷を負わされ、たくさんの重荷を背負わされ、疲労感と絶望の中で生きることを強いられがちです
このように、一人の人間としての自立を妨害され、一人の人間として健全な社会生活を送ることができないようにされるということも、毒親の加害の中でも屈指の極悪行為だと身をもって感じています
コメント
ティーコさん、こんにちは。
私の時は超売り手市場だったので申し訳ないです(ただ女性差別はありました)。
また、我が家とティーコさんの家はところどころ父親と母親が逆ですが、親について思うことは同じです。
母親は、子供の気持ちは一切考えることなく、普段は全く子供に関心がないくせに、いざ進学・就職(我が家の子供達は勉強ができたので選択肢はかなりよりどりみどり)の場面になると、ADHD の空気読めない人見たいに、自分の都合でああしろこうしろともの凄いバイタリティで押し付けてくる。
しかも、押し付けてくるのは子供にとって有益と親が考える基準、ではなくて、母自身の好み、母親自身が近所づきあい、親戚づきあいするのに都合のよい基準でしかありませんでした。
一生近くに住め、も同じです。しかも、医者(帝大卒限定)になって医者と結婚して、と大学、職業住居までピンポイントで限定です。
他方、父親は、親に大学を出してもらったにもかかわらずそのアドバンテージを捨てて病気の長男に代わって家業を手伝ったせいで、ほかの伯父さんのように大企業には就職できませんでした。
なのに、母親が上記の通りです。
父親は、自分が馬鹿にされていると思ったのでしょうか?でも自称気が優しくて人格者の父親は母親には何も言い返せません。
自分自身の承認欲求を満たすために、子供に「オレはこうなんだ」という話をずっと吹き込んできました。
オレは、地位や名誉や金のような俗なものは欲しくない人格者。
世の中で成功しているやつは悪いことをしたから今の地位にある。
世間には底辺の仕事についていても立派な人はいる。
勝ち馬に乗る競争なんて嫌い、一人で孤立して孤高の人でいたい。
等々。
父の話は、母の話のように「私のために子供はこうしろ!」と命令するのではなく、あくまで自分語りの形を取っています。
父は母に承認欲求を満たしてもらえないので、子供達が幼いころから自分の承認欲求を満たすための聞き役にしていたのでしょう。
でも、父親の自分語りには、暗に子供にも自分のようになってほしいというメッセージが含まれていました。少なくとも子供達はそう取りました。
これが生きづらさの原因です。
うちの子供達は結構社会的に上の地位に就ける能力だったのに、父親の自分語りの内容に従ってどう生きていくのでしょう。しかも、子供はみんな女ですよ???
おまけに子供達が人生折り返して気が付いたのは、父親の自分語りの内容は、一見共産主義者のように聞こえますが、父親と共産主義者との間には絶対的な相違点があるということです。
父親は共産主義者のようにみんなで何かをするのは絶対的に嫌い。偉いのは自分だけと考えて一人でいたいだけなんです。(しかも共産主義者のような自分語りを一通りした後は、うち=祖父は自民党だ と言って逃げる。)
父親自身の主観では、父親自身は、父親は祖父に尽くし実兄や実姉に尽くし、無欲で誠実な人格者なんでしょうが、今となってみれば、自分自身にしか関心がなく、承認欲求の塊だったように思います。
子供(特に私)が、相当な高学歴になり、私の周りの話題を聞くのが父は嫌だったんでしょう。生意気とか偉そうに、とか出ていけと言われました。
自分が苦労して稼いだ金で子供がらくらくいい思いをするのは許せない。
そんな毒親は母だけだとずっと思っていましたが、実は父もそうでした。
父親は、自分のことは「兄貴はガリ勉して1番だったけどオレは何も勉強しなくても1番」「勉強なんて自分を磨くためにするもので出世するためにするもんじゃない。」などと、趣味で大学に行っていたような言いぶりだったのに、私には「大学に行くのが当然だと思うな。」と感謝を求めてました。
でも、自分が行きたくて行くのではなく、母親の発狂押付で母の奴隷として大学に行くのになぜこちらが感謝しないといけない・・・・?
いろいろおかしかったですが、多分、母親は、自分が押し付けているのではなく、子供が自主的に高望みをしていて、母親はそれを塩を舐めてでも応援する、という体裁で、父親に話していたんだと思います。
近所の人や親戚にそう言っているのはなんとなくわかっていましたが、多分父にも、、、、
母親はもう長くないかもしれませんが、この期に及んで自分が嘘つきだったことは認めています。