共に暮らす毒親がピンチに陥った時、家族は一体どんな思いや行動に出ると思いますか?
大変!可愛そう!悲しみに寄り添いたい!助けたい!
こんな感じでしょうか…?
それが、そんなこと少しも心に浮かびませんでした。その逆です。
がたがた騒いでうるさい…
自分のことは自分で静かに何とかするしかないじゃん
毒父が、長年勤めた会社をリストラされる、という人生のなかでも大き目なピンチに陥ったとき。
彼が荒れる姿を横目で見ながら、私からはこんな感想しかありませんでした
冷酷ですか?家族としてありえない行為ですか?
でも…この態度って、毒父当人から、私が長年されてきた仕打ちそのままなんですよね
人は、いいことであれそうでないことであれ、されてきたことしか、その人に対して思いを馳せたり行動したり、することはできないんです
この記事では、
- 「父親が50代で長年勤めてきた会社をリストラされた」という大きな出来事が我が家を襲った時に、家族メンバーはそれぞれ、どんな言動をとったのか?
- リストラという恐らく人生で味わうピンチの上位にランクインする出来事に遭遇したであろう父を目の前にして、私は一体何を思い、反面教師として学びを得たのか?
そんなことをを文章にしてみたいと思います。
毒父が会社をリストラされた
わが毒父は、50代で人生の大きなピンチに陥りました。
それは、長く勤めた会社をリストラされたことです。
ずっと勤め続けていた会社を信じ続け、身も心も捧げていた彼は、ショックと大きな喪失感で打ちひしがれ、理性を失い暴れました
(あ、理性を失い暴れるのは、毒父にとってはいつでもおなじみの行動でした)
娘としての私の反応とは?
そんな父の様子を端から見ていると、確かに悲しさや苦しみが伝わってきたのですが‥
私は、そんな悲しみの淵にいる毒父に寄り添いたい、苦しみを分けあいたいという気持ちが一ミリもわいてこなかったんです
うるさいなぁ…みっともなく騒がないで次に進んだらいいのに。
元居た場所から突き落とされてしまった事実があるだけ。
騒いでも暴れてもしょうがない、できることをしていくしかないじゃん
こんな風にしか思えなかった。
冷たい娘ですか?
でも、私がこんな感想しか持てなかったのは深い理由があります
それは、私はこの父親から、辛く苦しいときに寄り添われた経験がなかったんです。逆に辛い状態の私に、毒父からは傷に塩を塗られ、崖から突き落とされるような仕打ちを受け続けていたんです
かつて私に不幸やピンチが降りかかり、辛く苦しい状態の私が父に助けを求めると
- 俺に面倒をかけるな
- 自分のことは自分でやれ
- 甘えるな!泣くな!見苦しい
- うるせえ、あっちへいけ!
父からはこのような反応が返ってきたものでした
↓こちらは私が高校を不登校になってしまった時のお話なのですが、不登校に苦しむ私に、毒父は寄り添うどころか面倒がり、非難を向け、弱った私をますます攻撃してきたんですよね…
私の窮地にますます傷を広げるような、そんなリアクションを返してきた張本人である毒父。そんな人が人生最大のピンチに遭ってうろたえる姿を目にしても、乾いた感想しか湧いてこなかったんですよね
逆に、これまでの冷酷な仕打ちの仕返しとして、弱っている毒父に対して「お前は甘ったれている」という説教手紙や、もっと苦労している人の自伝を投げつけるとか、されたことそのまま返してやらない私は優しいなぁ…とすら思いました
母もそうだったらしい
ピンチに陥りうろたえる父に、寄り添いやいたわりの気持ちは湧いてこない。
これは私だけではなく、どうやら長年妻として連れ添った毒母も残念ながら同じようでした。
妻として父に長年連れ添った母は、父のリストラに対してどんな態度を取ったかというと、まずは私たち子供に「父がリストラに遭ったことを、絶対に外に漏らすな!」というかん口令を敷きました。
お父さんが会社をリストラされたなんて恥!
外のだれにもばれてはいけないんだからね!
父がリストラされたことを、決して外に漏らすな!
こんなこと知られたら恥だから!
彼女の必死な姿からは、そんな心の声が聞こえてきました
世間体やはりぼての見栄えを最優先する、きわめて彼女らしい言動です
しかし…現実は母の思惑通りに、父のリストラをいつまでも隠し通せるものではありませんでした。
だって、暇な父が日中にふらふらと近所を散歩するような日々が続けば、嫌でもご近所さんの噂の的になりますね。父に綱を付けて屋内にしばりつけるわけにいきませんし‥
そして…父のリストラが、よりによって親族達全員に壮大にバレる決定的なタイミングが訪れてしまったんです。
それは、この時期に祖母が突然亡くなったことから始まりました。
祖母の喪主は長男である父が行うこととなります。
葬儀場には父の会社(かつて在籍していた会社)からの花輪が1つも届きませんでした。
そりゃ当たり前ですよね。リストラされた会社から、身内宛の花輪なんて来ないですよ。
しかし父のリストラを知らない親族は、このことをたいへんいぶかしがり、どうして?と両親に詰め寄ったんです。
喪主の実両親の訃報に際して、喪主の勤め先からの花輪が手向けられないというのはちょっと不自然なことなのだそうです。
この辺のルールは私はあまり詳しくないのですが、「花輪が来ない!」と母が慌て、暴れていたために、そういうもんなんだなぁ‥ということを暴れる母を目の前で見て実地で学びました。
ちなみにこの何年後に父が亡くなった時には、夫の会社から花輪を頂きました。
義理の息子の会社からの花輪があるくらいなのですから、息子の勤め先から実両親への花輪がないことには「?」となってしまうレベルのことなんでしょう。
”喪主の勤務先から花輪がこない!なんか変!(ワクワク!)”と興味をそそられた親族達から、両親は詰め寄られました。
どうしてあなたの勤め先から花輪が来ないの?勤め先から実親の葬儀に贈られない、なんて聞いたことがない、と。
もうここまでくると隠し通すことは不可能です。ついに、両親はその場で、集まった一族の前で、父が会社をリストラされたという真実を白状したのだそうです。
もう!あたし恥かいた!
お父さんが会社リストラされたってこと、一気にたくさんの親族にばれるなんて!
葬式が終わって後始末をしながら母は憤慨していました。
母の横では、いつも尊大な父が黙って小さくしおれていました。
祖母の死を悼むよりも何よりも、父のリストラがこのような形でばれたことが母のプライドを傷つけ怒らせたようです
また、その後父のリストラは徐々に周りにもばれたのですが、ある母の友人からは
「50代なんてまだ若いし、旦那さん、資格を取ったりすればこれからも働けるからがんばってね」というようなアドバイス?励まし?を受けたらしく
何よあの人!
自分の夫が公務員だからって他人事だと思って!
なにが資格よ!
となぜか私に大きな怒りをぶつけ、荒れていました
母にとっても、窮地に陥った父というのは、心寄り添う相手ではなかった。
父は、自分の夫とは、しかるべき企業に勤めているということが最も大事だったんですね。
そのことが、図らずも母の言動でむきだしになってしまった。はたからみた私にもそのことがビンビンに伝わってきました
彼女にとって夫とは、会社に勤め続け、そこからコンスタントにお給料を運んでくる存在であることが最も大事だった。心ではなく金やステータスでつながる夫婦だったんです
家にお金を持ち帰る夫、会社勤めをする夫。
母にとって、父が持つそれらが最も大事で守り通すものであったために、長年の父からの暴言も尊大な態度にも耐え続けたのでしょう。
しかし、定期的な給料の支給や、会社に勤めているということ以外の父の存在意義は、彼女の中にはなかった。
だから、母は、父がリストラされた現実が許せなかったし認められなかった。
周りにリストラがばれないようにすることが第一だったし、壮大にばれたときにはそのことに激怒したんですよね
父に溺愛されていた妹の反応は?
このことに対して妹はどう考えていたのかというと・・・正直よくわからないんです。
彼女は当時夜遊びや友人とのお付き合いがお忙しかったらしく、家にほとんどいなかったので何をどう考えてるかわかりませんでした。まぁきっと、どうでもよかったんでしょう。
父に幼い頃から溺愛されてたってのに、まぁ冷たいもんですね。
現在、特定の子を溺愛中の皆さん、溺愛した子供って案外冷たいもんですよ。
この溺愛された妹の行動をみると、親がかけたベッタベタの甘やかしともいえる大量の愛と金に見合わない残念なリターンがくる可能性は大いにあります。
次の記事では、この父に訪れたリストラというピンチによって、父自身はどのように荒れたか?そしてこの様子を身近な立場で観察することで、うっすらと見えてきた数々の気づきなどを書いていきたいと思います
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