今年もお正月を迎えました。
お正月や年末年始って、毒親育ちにとって心がざわつくことがいっぱいあるんですよね。
毒親と疎遠にして何年も経っている私も、毎年必ず何かにはザワっとさせられているんです…
この記事では、年末年始にまつわる嫌な思い出や関連するものごとなど、毒親育ちである私を毎年じわっと不快にさせたり精神を消耗させる、年末年始のあれこれを記していきたいと思います
親と疎遠後の正月は、だんだん心の平安を取り戻しています
毒親と疎遠にした後に正月を迎えるたびに、正月とはなんてのんびりとした良い時なのか…ということをしみじみと実感しています。
寒さも厳しく人がいないせいか、外に流れる空気もなんとなくのんびりとしているんですよね。
穏やかな年越し・年明けに最初は戸惑いましたが、だんだんとそののんびりした空気に身をゆだねることができるようになりました
しかしながら。精神的には未だに100%のんびり、という状態は、私には許されていません。
年末年始には、かつての毒親家庭での嫌な思い出や、毒親より植え付けられた呪いを刺激する、心ざわつかせる様々なイベントがあるんですよね…
毒親育ちをネガティブにさせる、年末年始のイベントあれこれについて
帰省ラッシュのニュース、子供へのインタビュー
年末の帰省ラッシュからUターンラッシュの時期。
テレビのニュースを見ると、新幹線のホーム!おじいちゃんおばあちゃん孫!久しぶりに会えてうれしい!家族愛バーン!みたいなニュースばかりが流れます
メンタルが落ちて自己肯定感どん底の時は、そんな映像を目にするだけで憂鬱な気持ちになったものです。
駅のホームで笑顔で子供一家を迎える祖父母。
駆け寄る孫たち、それを後ろから見守る若い両親。
幼い子にマイクを向け「おばあちゃんちどうだった?」舌ったらずな声で「たのしかった」「ばあばにあえてうれしかった」と答える子。
これが日本の!家族の!スタンダードなんだよ!
お前みたいに親を疎遠にしてひっそりと狭い部屋にこもって落ち込みながらテレビ見るなんて道からはずれてんの!
…若干被害妄想じみていますが、親を疎遠にしていて、うつ病でメンタルがどん底状態が続いた私は、画面からそんなメッセージをビンビンに感じてしまい、罪悪感を刺激されてますます落ち込んだものです
かつて今よりずっとメンタルの調子が悪いときは、年末年始の帰省ほっこりあったかニュースからは極力遠ざかることで、自分の精神を守ったものです。
現在はここ数年のコロナ禍もあって、年末年始の風物詩だった家族愛ニュースも恐らく激減しているのでしょうね。
年末年始はこれから一生家族愛ニュースを目にするんだろうなと思っていたけれど、コロナの感染拡大による外出自粛がつづく昨今、それもなくなった。
生きていると本当に予想もしなかった出来事に遭遇するものだなぁとこんな意外なシーンで思うのです
毒親からの執拗な電話・メール攻撃
わが毒母は、盆正月は娘に疎遠にされていることをノーカウントにする、という謎ルールがあるようで、毎年盆正月になると、疎遠中の娘(私)にあたかも仲良し親子かのように頻繁ににコンタクトを取ってくるんです。
しかも彼女は生電話にこだわりがあります。
メールやLINEは愛情を感じられないのでダメなのだそうです。なんだよその理論…
今年もぬかりなく電話攻撃がありました
毒母から何度も執拗にかかってくる電話。
どんなに無視してもスマホに着々と刻まれる着信履歴や通知。
それらを見ただけでHPが削られます。
いくら電話をかけても私が出ないことがわかると、ここでしょうがなくメールやLINEの登場です。
母はあなたととてもおしゃべりしたいのに、それすら許されないのですか…
私は年老いて体も弱りました。お父さんも亡くなり、寂しさもつのります
娘の罪悪感を刺激するトラップが幾重にもしかけられた巧妙なメールを送り付けてくるまでが彼女の作法です。
私を気にかけてほしい、隙あらばかつての搾取関係を取り戻したい。
年老いて孤独が増したから、娘を利用してこの孤独を解消したい。
そんな我欲が透けて見える相変わらずの自己中言動にげんなりします。
恐らく、彼女もテレビで繰り広げられる年末年始の家族エモニュースを見続けたことで、己の孤独に改めて気づかされ、疎遠中の娘に必死にコンタクトを取ってくるのでしょう。
自分の孤独があぶりだされて焦り、それをやわらげるために、疎遠中の娘にしがみつく。
娘が電話に出れば、言葉や欲求をぶつけることができて、あたしの孤独をごまかせるかもしれない…!
毒は自分の負の部分を直視せず、自分で処理することはしないんです
かつて娘にぶつけて解消したうまみが忘れられない。まるで人間の味を知った熊。どこまでも自分のために娘を使うのです
年賀状ー「健全な人間のありかた」を正月早々見せつけてくる紙たち
私自身はもうほとんど年賀状のやりとりはしていませんが、我が家には、家族の幸せシーンがたっぷり詰め込まれたあったか年賀状が、今でも毎年結構な数届きます。
なぜかというと、夫宛の年賀状がそんな感じなんです。
夫は私と違って職場や友人関係などで正常な人間関係を築いているため、毎年健全な年賀状が届きます。
彼宛に来た年賀状によって、私はまっすぐに生きる人間たちによる年に一度の記録(画像付き)を、正月早々、目の当たりにすることになるんです
少なくとも、自分や家族を胸を張って見せられる状態ではないと、はがきに自分たちの写真や現況を事細かく記したものを大量に作成し、送るということなんてできないですよね
だって今の私なんて、年賀状に書いてよそさまに伝えることなんて、何もないですもの…
激重だったうつ病の症状が緩和しました★なんてリアルな現況書いても引かれるだけですし
送られてきた年賀状を見ます。
子供や家族を様々な角度から写し、一年の間に様々なイベントに参加して撮影してきたであろうたくさんの写真。
それらから渾身のベストショットを吟味し、はがきサイズにまとまるよう鬼編集した作者の気合が伝わる作品ばかりです。
この一年、我が家にはこんなにたくさんのリアル充実イベントがありました!ということがあふれんばかりに盛り込まれています
へぇー、私と同世代の人たちの子供って、こんなに大きいんだ。
子供を何人も産み育てて、子供にご飯食べさせたり寝かせたりするだけでなくて、子供が望む習い事させてそのサポートとかコスプレとか進学とかさせるのかぁ、親も本当にエネルギーあるなぁ…すごいなぁ…
健全な人間は、仕事や家事などの他にも、何人も子供を産み、日々育てているという大きな仕事を成し遂げている。そんな数々の生き生きとした記録。
私が毒親からの後遺症で身動きが取れない時も、不安におしつぶされそうになり、頓服をのんでぼーっとしている間にも、彼らは私と違ってこんなにパワーあふれる創造的な毎日を過ごしている。
そんなことを嫌でも思い知らされる機会になるんですよね…
一時期、今よりもナーバスになりがちな頃は、年賀状を目にするたびに己の惨めさを思い知らされ、正月早々酒量が増えたものでした
おせちを見ると思い出す、かつての毒家族での嫌な記憶
私はおせちは作りませんが、おせちメニューの中でも酒のつまみになりそうなもの(いくらやかずのこ、酢だこなど)だけをそろえて呑むのが、私のここ最近の正月スタイルです。
プリン体や糖質あふれる夢のような布陣です
酔いながらそれらを皿に盛りつける時…関連している過去の嫌な正月の記憶がぶわっとよみがえるんですよね。
母は謎に手作りにこだわる人間でした。
おせちも例外でなく、毎年血走った眼でイライラしながら用意します。
ただでさえ忙しい年の瀬に、なぜ自ら重荷を背負うのか?おせちなんてパックや総菜コーナーにたっぷり並んでるからそれ買えばいいのに…
正直彼女の気持ちは未だに理解できません。
子供は台所立ち入り禁止を言い渡されていたため、子供には決して手伝わせません。
一人で髪を振り乱して調理するんです。
いざ食べる段になると、まるで作成時のフラストレーションを発散するかのように、子供の耳元であれこれ叫びながら、食べることを強要します。
これは●●という意味がある!これを食べないとこの一年健康になれないからな!
食べないことは許されない!全種類絶対に食べろ!
酒を覚える前の子供の頃は、正直おせちなんてまったく美味しいものだとおもえませんでした。
でも、すべてを食べろと叫び、機嫌の悪さが頂点に達している毒母を目の前にすると、食べないことは決して許されない。
母のいいなりに、つぎつぎ必死においしくないおせちを飲み込んだものでした。
小魚の佃煮である田作りの尾がのどに刺さり、不快な感触だったことをよく覚えています。
不快感トラップがたくさん落ちてる年末年始
このように、年末年始や正月というのは、過去の毒家庭での記憶がよみがえるトリガーが仕込んであったり、幸せハッピー家族のオーラにあてられる機会がたっぷりあるんですよね
それらに触れるたびに嫌な記憶がじわっとよみがえったり、己の惨めさに直面するんです
それを打ち消すように、私は魚卵をつまみに酒をあおり、ぼんやり酔っぱらってやりすごします。
実家と疎遠にしたり、ゆっくりと過ごそうとしても、いろんな方向から心にブスリと刺さる矢が飛んできて、未だにじわじわっと不快感を感じてしまう年末年始。
これは今後、たとえ私の解毒が大幅に進んだとしても、どんなに年をとってもなお続くのでしょうか?それはこれから自分が一年一年を経験することで自動的に知ることとなるのでしょう…
嫌な気分を吹き飛ばそうとするあまり、酒量を増やさないように気を付けないと…と思いつつも、正月に残ったお酒を飲みつつ、この記事を書いています
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