毒親育ちはやる気がない?いいえ、いつも体に力が入ってて疲れてるだけです

毒親育ち

毒親育ちの皆さん、いつも体に余計な力が入ってしまい、無駄に疲れてしまうために、外からはやる気がないように見られませんか?

私はそうなんです

何をするにも焦っていて、どこかびくびくして、体中に力が入ってしまっているんです。

呼吸も浅く、何なら呼吸が止まっていることに気づくこともあります

いつも力を入れて焦って生きていると、当然ですが大きな疲れを感じてしまいます。

そんな毒親育ちのことをはたから見ると、

何でこの人、いっつもやる気がなさそうでぐったりしてるんだろう?

そう誤解されがちなんですが、違うんですよね。

いつも無駄に体に力が入り続けていて、疲れているんです

こんな損な性質がしみついてしまったのは、かつて毒親が棲む家庭という名の戦場で生き延びてきた後遺症だよなぁ…としみじみ思うんです。

でも、もう心身も成長し、毒親に頼らずとも生きられるようになりました。

何より毒親に攻撃されて命を落とす可能性は以前とくらべてぐっと低くなりました。

これからは少しずつ、体に入った力をゆるめて、その持てる力を、自分のこれからの人生のために有効に使っていきたいものですよね!

この記事では、なぜ毒親育ちはいつも力が入っている状態なの?ということを考えたり、普通の家庭で育った人たちは、子供の頃からいかに軽々と余計な力みもなく生きているのか、ということ、その違いなどを書いていきたいと思います

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毒親育ちっていつも体に余計な力が入ってる

私は、毒親育ちはいつも疲れているよね…というブログをいくつか書いています

なぜかいつも疲れている毒親育ち。その原因の一つとして気づいたことがあるんです

何があるわけではなくても、常に体に余計な力が入りがちじゃないですか?

私はそうなんです。

例えば、字を書くだけでも、ペンを持っていない側の手がにぎりこぶしになってしまい無駄に力強く握りしめていたり、普通に立っているだけでも足に力を入れて踏みしめている状態だったり、ちょっとした家事か何かをすると呼吸が止まっていたり…

なんか普段の動きをするだけでも、まるで過剰な緊張状態のようなモードになってしまうんですよね。

だからいつも疲れているし、少しのことでも大きなダメージに感じてしまい、ぐったりしてしまうんです。

私は毒家庭から逃れ、何年も経ってからやっと自分がこの状態であることに気づいたんです

気づいてからは、何をするにもなるべく余計な力を入れず、しっかり呼吸することを意識しています

長年しみついた癖を治すのはそう簡単なことではないですが、でも、できる範囲で心がけていくうちに、以前よりも心身に余裕が出てきたんですよね。

なぜ、体に余計な力が入って疲れてしまうのか?

なぜ、何をするにも体に常に余計な力が入ってしまうのでしょうか?

それはやはり…かつて幼い頃、毒親家庭という地獄のような環境に長年放り込まれ、そこで一人で必死に生き延びた後遺症なのだと思います。

生まれ育った家庭では、毒親からいつ怒鳴られるか、殴られるか。そもそもどんな形で毒親から攻撃が飛んでくるかがわからないから、常に緊張状態で身構えていなければならない。

そんな戦場のような場所で長年生きなくてはならない子供時代、自分の命を守るために、極力ダメージをうけないようにといつも体に力が入り、息を詰めているのが普通の状態でした

そんな長年のスタイルがこびりついてしまっているために、今でも無駄に力が入り、焦り、息をとめてしまうのだと思われます

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毒母もそうだった

私を毒親として長年支配し、後遺症まみれにした張本人である私の母、彼女は私以上にいつも体に無駄な力が入っていたんです。

母も猛毒祖母に盲従した立派な毒親育ちです。

例えば、ちょっとしたメモをするにも筆圧が異常に強く、メモをしながら紙が破れてしまう。字を消しゴムで消すときなんか紙がびりびりに破けることもしばしば。字より先に紙が消え失せます。

そして彼女はいつも息が荒くぜーぜーと肩で息をしながら家事や生活をしていたんですよね

入れなくてもいい力を常に入れてしまっている状態なので、彼女には常に余計な疲れが溜まり、余裕がなかったのでしょうね。

だからといって母かわいそう!だから子供(私)に八つ当たりしていじめたり暴力振るってもしょうがないよね!なんて決して思いませんけどね。それはそれ、これはこれです

どうして彼女には余計な力が入っていたのか?というと…

彼女の取り巻く環境がそうさせたのだと思われます

毒親育ちで培われた力みがち気質の他に、故郷から遠く離れた地でのワンオペ育児、その上夫はサイコパスDV気質のクソ男でした。

一人で背負うものがあまりに多く、過度な緊張状態が続いていたのでしょう

余裕のない生活からは、気持ちの余裕だってもちろん奪われてしまうのです。

普通の人は、もっとリラックスして生きている!

ここ数年、YouTube などのSNSで、普通に暮らす人たちが、自分の普通の日常をアップすることが増えましたよね。

これによって、「普通の人の普通の場面」を気軽に見ることができるようになりました

私は、そんな何気ない日常を切り取るライフスタイル系YouTubeをみるのがとても好きなんです!

どうしてかというと、普通の人が普通の状態で普通の日常動作を行う時って、一体どんな力のかけ具合なのかな?ということを知ることができるからなんです

大好きなYouTuber・rioko’s livingさんに至っては熱烈な応援ブログ記事を書いてしまいました…

アップされているライフスタイル系動画を見ると、皆さん本当に力みがない。生活の端々には、驚くほど力が入っていないんです

私だったら絶対に手を握り締めて息を止めて焦る動作の数々、そのほかの何気ない日常の動き、すべてにおいて、まるでふわふわと浮遊しているっていうぐらいに、みなさんの体には余計な力みがないんです。

そのことが画面越しで伝わってくるんですよね

子供の頃から知っていた。私とみんなは違う、ということ

実は…ライフスタイル動画を見るはるか前から、普通の人は、自分や毒母と違って、日常生活を送るのにそれほど力を入れないということに薄々気づいていたんですよね

子供の頃。教室で共に過ごすクラスメイトの女の子は、どんな時でも、私のように息を止めたり力を握りこぶしを作って必死に何かをすることって絶対なかったんです

何をするにもフェザータッチ。ふわっふわっと軽やかに本を読んだりお人形を抱いたりシールを扱ったり…力強く雑にしかできない私とは違う、とうすうす気づいていたんです

その違いが一番特徴として出る部分が、字です。

みんな字がきれい。たとえ習字的なきれいさでなくても、余計な力みがなく、丁寧にゆっくりと字が書いている彼女たちのノートは、見てて落ち着くていねいさを醸し出してるんです。

対して私の字は、紙に穴が開くくらい筆圧が強い上に、取っ散らかっててバラバラで…まるで字が心的状態をそのまま表しているかのようでした

私とみんなが違う理由

何をするにも力が入り、どうしても落ち着いて物事に取り組むのがとても苦手だった私の子供時代。

当時はなぜ自分がそうなのか、どうして友達とこんなに違うのか、その理由がわかりませんでした

でも今ならわかります。

日常の動作をゆっくり丁寧にできる余裕がどこにもなかったためです。

毒親からの攻撃の中で生きていると、突然どんな怖いことが起きるかわからなかったために、落ち着いて物事なんて取り組めるはずなんてないんですよね

でも理不尽なことに‥‥私を焦らせ落ち着かなくさせている張本人である毒親に、

お前はなんでいつも落ち着きがないんだ!

もっとじっくり落ち着いて物事に取り組め!

こう怒鳴られるんですよね…焦りと力みの根源に、焦りと力みを糾弾されるんですよ

あんたのせいで私はいつも焦って落ち着きなく、力んで生きてるんだよ!

子供に落ち着いてほしいのなら、まずは子供が落ち着いて生活できる家庭環境用意しろ!

そもそも落ち着いた家庭環境のためにはまず、あんたたちの人格まるごと変える必要があるんだけどできるのそれ?

今ならそう言えるのに…子供の頃の私は非力でした

力みなくリラックスして生きる姿勢を獲得していきたいアラフォー

毒親家庭という恐怖の中で生きるというのは、命を守ることが何より優先されるサバイブ状態。

いつも緊張が続き、体に余計な力が入っていて疲れているんですよね。

普通の家庭で生きてきた人とはまるで違う。

日常動作への力の入り方なんて、違いすぎて当たり前ですよね

でも、このように自分の力みの根源や、普通家庭育ちとの違いに気づけた今。

何より力みの根源である毒親から命を狙われる危険性が激減した今。

なるべく力を抜いて、何をするにも呼吸が止まらないように意識しつつ、これまでのような疲れをためてしまう体の使い方を少しずつ解いていきたいものです

そして普通家庭育ちの人たちのように、いつでも体に無駄な力が入らない状態で生活をしていきたいです

ライフスタイルYouTuberさんたちの動画をお手本にしながら、これからも、より生きやすい方向に自分を向けていきたいなと思っています

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