毒親育ちがジブリ映画の「暖かい親子関係」を見て思うこと2ー魔女の宅急便

毒親育ち

1の続きです

引き続き、毒親育ち視点でジブリ映画を見た時の感想、

特に、作品内で描かれた親子関係をみたときに感じた、複雑な感情を書いていきたいと思います。

その2は、魔女の宅急便です。

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お父さんの準備したキャンプを簡単にブッチする娘、それを許される娘

魔女の宅急便‥

キキが実家から旅立つまでの冒頭シーンは、毒親育ちにとってはもう混乱の嵐でした。

まずはずせないのはお父さんとキャンプ問題。

お父さんがあんなに一生懸命、娘とのキャンプのこと考えて、車に積み込めないくらいたくさんのキャンプグッズも用意してくれていたというのに、

気が変わったから私やっぱり今日家出るわー!

だからキャンプいかなーい!
ごめんなさーい♪

一人で気分で勝手に予定を変えて?

しかもまったく悪びれる様子もなく、カジュアルに父に言い放つ?

…このキキの姿には本当に驚きました

私の家では、父の意向に沿わないと、父にどんな危害をくわえられるかわからなかったからです

子供の気持ちや希望なんて踏みにじられるか、よくて二の次です。

キキのお父さんとは真逆ですね

  • 父のやりたいことに、子は黙って従う
  • 父が妻子に対してしたことに対し、父が満足するまで感謝の気持ちを述べなければならない
    (たとえそれが自分にとって不快なものごとであっても)

これらが当然の環境で生きていたので、キキとお父さんのように、娘の気持ちが優先されて、たとえ父のたくさんの準備が無駄にされてもしょうがないなー(苦笑)で済まされることに、私は心の底から驚きました…

このシチュエーションで、父親からのビンタの一つ、暴言ひとつなくて許されるなんて…ありえないってこんなの‥

お父さんのラジオを強奪

お父さんのラジオをこれちょうだい!と一方的に強奪するキキ。

それに対してお父さんは「ついにとられたなハハハー」という一言だけ。

冒頭から次々繰り出されるこの父子のハートフルなやりとり・・幼い私は重ねて驚愕です。

毒親育ちには理解不能で羨ましいシーンが次々とたたみかけられていきます

私は、父の持ち物を、ほしいからちょうだい!と一方的に宣言して自分のものにする、なんていう事はこれまでの人生において1度たりともありませんでした

まず、こわくてそんなこと言い出せなかったです

それに、父の趣味の物や持ち物は、子供が決して触ってはいけないものでした。

少しでも傷や汚れがつけば父にどんな報復をされるかわかりません

家の中には、父がかつて恐らく買っただけで満足したのであろう、まったく読みもしないでインテリア化している百科事典が大量に本棚に飾ってありましたが、

私がそれに興味を持ち、読もうとすると「ガキの汚い手で触るな!これは俺のものだ」という罵声が飛び、読むことは禁止されました

家にある親の本すら、ろくに読ませてもらえなかったんですよね

子どもの時に、自宅に紙の本が何冊あったかが一生を左右する:大規模調査
<31カ国、16万人を対象に行われた調査で、16歳の時に家に本が何冊あったかが、...

余談ですが、「子どもの時に、自宅に紙の本が何冊あったかが一生を左右する」という調査結果が出ているのだそうですが、置物として家に鎮座してあった本、というのは、その”本”にカウントされるのでしょうか‥?

置いてあるものを触ることすら禁じられていたのですから、もしもキキのように、父の物を勝手に持っていく、なんてしたものなら、私は父にボコボコにされたことでしょう‥

逆に、私はべつに欲しくもないものなのに毒父が急に買ってきて無理に押し付けられて、「買ってやったぞ!さあ感謝しろ!」と感謝を強要されて疲れたことはたくさんあったな‥

ああ‥

なんでうちとこんなに違うの‥

冒頭シーンから次々と繰り出される父子のハートフルストーリーにあぜんとする、毒父に怯えて暮らしていた私。

物語の中の家族と、自分の家の家族との大きすぎるギャップを目の当たりにし、複雑な感情が体内を駆け巡り、ストーリーを追う私はアニメを楽しむどころか、なんか疲れてきた

でもアニメの続きは知りたい。

よし、大丈夫。これはただの作り話だ。

シンデレラとかヘンゼルとグレーテルとか、そういうのと同じくらい、遠い国の遠い人たちによる、遠い話だ。

お菓子の家とか魔法でカボチャが馬車になるとか、あれクラスのおとぎ話なんだよ、これはきっと‥

私は無理やり、心にそうに言い聞かせながら、ストーリーを追い続けました

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「お父さんにこんなことしても私は許される」とわかっているからこそ、できるんですよね

キャンプブッチ、ラジオ強奪‥

「こんなことしてもお父さんに許されるのがわかっている」から、キキは笑顔でお父さんが準備してくれたキャンプを簡単にブッチして、お父さんのラジオを強奪して、日程を急に変更して旅ができるんですよね・・

親にはここまでやっても私を受け止めてもらえる、という確信があるこそのわがまま

私はこんなわがまま一度たりとも親にぶつけたことがありませんでした。

そのため、この冒頭シーンが強烈に印象に残ったんですよね

ちなみに、私は人生早々に「うちの親は、私がぶつかっても絶対受け止めてくれるわけがない」と悟っていたからなのか、ちゃんとした反抗期を迎えられませんでした

反抗期の年代からしばらく経った頃。

自立してもう親の手を全く借りずとも生きられる、と確信したアラサーになって初めて、親へ対する大爆発+疎遠という特大爆弾のような親への”反抗”行動が現れたのですよね

毒親家庭では、子供が親に反抗することどころか、自分の意志を持つことや素直な感情を出すことすらを許されません。

反抗期だって、親へのフラストレーションを、自分の意志を、通常の子供のように反抗という形で外へ出すことができません

それがもれださないよう必死で我慢しているので、一見いい子。

でも‥親への怒りや反抗心は、実は、目には見えなくても体内でふつふつと指数関数的に膨張しているんです。

それが爆発したときの威力たるや。

それはもうものすごいものとなります。

子供を長年抑圧して、「うちの子反抗期がなくてー」と余裕こいているうちの毒親みたいな皆さん、私のように、後年おどろくほどの大爆発する可能性があることを、どうぞ心にとどめておいてくださいね。

といっても、私の両親のようなバリバリの毒親属性の人って、わざわざこんなブログ選んで読まない気もしますが‥

お母様のお仕込みがいいのね

キキが配達を依頼されたマダムのお家で、キキは配達だけでなく、家のお手伝いをします。

ニシンのパイを焼くためにてきぱきとキッチンで動くキキに対して、マダムが言った言葉です。

お母様のお仕込み

この聞きなれないけれど、マダムの品のある表現に、私は釘付けとなりました。

きっとキキは、旅に出る前、実家で暮らしていた頃。

お母さんと一緒にキッチンに立ち、オーブンの使い方はもちろん、料理やキッチンの使い方など何から何まで、お母さんから丁寧に教えてもらっていたという事がわかります

だから、マダムが感嘆するほどの家事を、ささっとできたんですよね

私は毒母から、キッチン立ち入り禁止令を言い渡され、家事全般を何一つ教えてもらえませんでした。

子供をキッチンから締め出し続けた、その毒母の真意は、未だにわかりません。

どうして私に家事を教えてくれなかったの?ということを母に尋ねたことがあるのですが、「あたしだって親から何も教わらなかった!」と謎のガチギレが返ってきたので、なんかきっとネガティブな理由だったんだろうなということは想像がつきます

でも、子供心に、母と共にキッチンに立つことには憧れがあったので、この禁止令には悲しさを覚えていました

キキにはその、私が羨ましくて憧れだった”母とキッチンに立ち、一緒に料理をしたりいろんなことを教わってきた過去がある”ということが、「お母様のお仕込みがいいのね」この一言で伝わってきたんですよね

(余談)映画を見せてもらえなかった私の、数々の苦闘

魔女の宅急便がリアルタイムで映画が封切されていた時。子供だった私は、私は映画を見たくてしょうがありませんでした。

まわりのみんなは当然のごとく、映画館に連れて行ってもらって楽しんでいたんですよね

我が毒家庭は映画を楽しむ文化がありませんでした

唯一、春休みのドラえもんだけは見せてもらっていたのですが、逆にそれを利用されたんです

「もう春にドラえもん見せてやっただろう!それ以上映画見るなんて贅沢だ」という感じですね

でも、みんなが楽しそうに語るジブリ映画の内容を、私は何としてでも知りたくてしょうがなかった。

今のようにネタバレ考察サイトなんてない時代に、私は映画館に行かずともストーリーを知ることができる方法を必死で探しました

そうすると‥まずは書店に答えがあったんです。

当時、アニメのセル画をそのままマンガ形式にまとめられた本が売られていたんですよね。

それを見つけた私は、ためていたお小遣いを放出して買い、何とか映画のアニメーションの感じや流れやあらすじを知ることができました

「今もあのコミックあるのかな‥」と通販サイトを検索したら、ありました、まさにこれ↑↑↑です!表紙のフォントもまた懐かしい‥

私はこのコミックのおかげで、ジブリの映画がテレビで再放送(映画封切りから約1~2年後でした)される前に、あらすじや絵の感じを知ることができました

何度もいいますが、コミックではなく、リアルタイムで映画館で放映されているのですから、映画館で音声や動く絵で、そのストーリーを体感したかったです

また、当時はピアノを習わされていたので、楽譜屋さんでジブリ映画BGMの楽譜を見つけ、それを買って弾いていました。

あ、マンガにあったあの場面では、こんなBGMが流れてるんだ‥

とコミックで得た画像情報に、ピアノで弾いた音をミックスさせて

「得られた映画の情報をもとにして、私が想像した映画の内容」を補っていたものでした

このように、毒親からは映画を見に行くのを禁止されていたため、映画そのものには触れさせてもらえなかったため、

私はコミックや楽譜など、お小遣いをためて手に入れられるサイドメニューの数々を自力でかき集め、なんとかジブリ映画の内容や様子を想像して理解しようと必死でし

そして、実際に映画を見て楽しんだ他の友人たちとの映画トークに必死についていったものです

毒親に、映画を見ることが許されなかった私は、自分がいまできる行動をし、想像力を必死に働かせて、見せてもらえなかったジブリ映画の内容をつかもうとしていたんですよね。

‥てかさ、毒親よ。

子供がすごく見たがってる映画一本くらい見せてやれよ…

子に映画一本見せる労力も金も惜しいのか?

惜しかったんだろうなぁ‥

毒親というのは、いかに子の気持ちに寄り添おうとせず、子供にかかる手間を惜しんでるのかということが、このエピソードからももれだしてきますね。

子供が「この映画を見たい!」といったら、まるで冷蔵庫のジュースをコップに注いでわたすくらいのレベルで、親に簡単に映画館に連れて行ってもらえる周りのみんなが本当に羨ましかったです

まとめ

魔女の宅急便は、毒親育ちにとっては、冒頭から非常に厳しいシーンが続きました

子供が大事にされるとは。親や周りの大人は、子供に対してどんなことを教え、どこまで許すものなのか。

その尺度が自分が生きる毒親家庭とあまりにも違いすぎるということが、美しい映像によって次々と表現されていたんです

そして、子供の私がどんなに頼み込んでも、たった一本の映画すら見せることを許さなかった毒親。

あれは意地悪だったのか?それとも子の気持ちや願いなどどうでもよかったのか?‥今考えると、どっちもなんだろうなぁ‥

と、改めて、映画・魔女の宅急便にまつわる当時の彼ら毒親の言動を思い出すにつけ、彼らがいかに、子供に寄り添う気持ちゼロだったのか、ということを思い知らされるのですよね

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