この記事では、
子供の頃から父の悪口を聞かされつづけた子はやがて、一体どんな人間になった?
ということを書いていきたいと思います
子供の頃から父の悪口を聞かされつづけた子。それは私です
私はやがて、一体どんな性質や考え方を持つ人間になったか…
まとめると以下になります
- 結婚とは人生の墓場だと強く思い込むようになった
- 成人男性に対する強い不信感や嫌悪感を持つようになった
- 長年押さえつけていた母への嫌悪。それが大人になって大爆発してしまう
ひとつずつ詳しく書いていきたいと思います
「結婚とは人生の墓場だ」と強く思い込むようになった
目の前でケンカをし、いがみあい、罵り合いばかりする両親を見続けたことで、私は、結婚した男女は不幸になるんだということを、幼い頃から強制的に学ぶこととなりました
結婚=人間が地獄へ踏み込むことだと自然に思うようになったんです
当時テレビで見ていたNHKのみんなのうたでも、そうそうその通り!そうだよね!という歌がありましたね‥
けっこんなんて しょうもないものやんか
うちのかあちゃん ゆうとったで
くろうばっかり なんもええことあらへん
やっぱりそうだよねぇ
うちのかあちゃんも不幸そうだもんなぁ…
しかし、一方で、まわりの友達やクラスメイトには必ず、「お嫁さんになりたい!お母さんになりたい!」という夢を持ち、ニコニコしながらその夢を語る女の子がいたんですよね‥
そういう子の話を聞くたびに、
何言ってんだろう‥結婚なんて辛いことばかりっぽいよ?
うちの結婚した夫婦(親)、いつもケンカばっかりして、子供までひどい目に遭ってさ‥
結婚なんていいことなさそうだけど、そんなのに夢みちゃって大丈夫?
きっと将来の夢がお嫁さんな女の子というのは、両親が築く幸せな家庭に生まれ育っていたから、自然と将来の夢や希望として描けたのでしょうね。
修羅の毒家庭に生まれ落ちてしまった私には、結婚が夢と語る人=自ら地獄に足を踏み入れる理解不能の猛者、としか映りませんでした
毒親によって、結婚や夫婦というものに絶望しか見いだせなかった私は、ある時知った”結婚は人生の墓場である”という言葉に深く同意するような人間になってしまいました
絶対に、母のような人生は送りたくない!ー強烈な反面教師
母はいつも、父の悪口を言いながら「それでもお母さんね、お父さんとは離婚はできないの」、と私に嘆いてぐちっていました
どうしてかというと‥母は結婚を機に仕事をやめて専業主婦となり、子供を持ってしまったため、離婚しても働き口がなく、子供を養うことができないから、なのだそうです
「あたしもあんたも、お父さんに食べさせてもらってるからね‥」と力なく愚痴る母。
母の人生とは、
- 結婚を理由に仕事をやめて、経済的自立から遠のく
- 他人(夫)に経済を握られることで、大失敗の結婚から逃げ出すことすらできない状態
- 逃げたくても逃げられず、自分の不幸を子供(私)にグチりつづけることしかできない
私の目にはこう映りました。
母をみて、こんな人生地獄すぎる。私は母のようになってはだめだ。と強烈に思うようになりました
そのためには誰に頼らずとも、一人で生きられるようにならなければならない、という思いが強くなりました。
中学時代、恋愛や友達付き合いで楽しくすごすみんな達に背を向けて、「一人で生きるにはなるべくいい学校にはいるべきだな」と、一人覚悟を決めて勉強に励んでいた、哀れな女子中学生でした。
地獄のような家庭を見てきたために、結婚とは墓場。一人で生きられるようにならねばという強迫が、人生早々の私の心を占めていたんです
男性嫌悪。男性不信
父親の悪口を聞かされ続けることで、母をここまでひどい目に遭わせる男というのはろくでもない存在だと思いこむようになりました
私は昔から、男性の芸能人やスポーツ選手などを応援したいという気持ちにならず、いつも夢中で大好きになるのはたいてい、女性芸能人や女性の有名人ばかりなんです。
これには、幼い頃から暴れ狂う毒父と、その悪口をたれながす毒母を見てきて、「父、つまり成人男性というのはろくでもない存在だ」と強烈に刷り込まれたことも大いに関係していると思います
また、幼い頃、まわりの男の子は、やんちゃで暴力的な子も少なくありませんでしたが、
このことと男性嫌悪が混ざり合い、「目には目を、この暴虐な存在から身を守らねばならない‥」と、私も暴力的な男の子に叩かれたら存分に叩き返すなどして、男の子と日常的にケンカをしていたものです。
そんなやんちゃな男の子たちも思春期になると、別人のように人が変わりはじめました。
見た目に気を遣いはじめたり、女の子を意識して、紳士のような振る舞いをしはじめたり‥
この変化は思春期を迎えた十代の男子として正常な状態ですよね。
でも私は、そんな彼らの変化を軽蔑し否定し、彼らを避けるという極端な行動を取るようにになったんです‥
●●君かっこいいとかいわれてるけどさ、あいつ、かつて私に一方的に殴りかかってきた非道野郎だったくせに‥
ついでにいうと小1の時、隣の席でおもらしして泣いてたくせに‥
ついこないだまで”おいティーコ!”って呼び捨てしてたくせに、急に苗字+さん付けしてさぁ‥気取ってんじゃねえよ…
なんかもういちゃもんレベルですが、私の心の中では、同級生の男子生徒や、彼ら男子たちの、思春期男子としての正常な成長に伴うあれこれに、異様なほどの嫌悪感や拒否感が燃え盛ってしまったのですよね。
私は毒親に正常な思春期を迎えさせてもらえなかったので、もしかして、正常な思春期を迎えている人への嫉妬心も混じっていたかもしれません。
こうしてまわりの男子同級生を歪んだ考えでとらえ、心を固く閉ざしてしまったのも、家庭での毒父への嫌悪、そして母から聞かされつづけた父への悪口が私の心に大量に蓄積し、男性に対する歪んだ認識が発酵して、嫌なくすぶり方をしてしまったのだと思われます
しかし、幸いなことに、この男性に対する歪んだ思いは大人になってから少しずつ解消に至りました。
なぜかというと、大学や社会で出会った成人男性たちは穏やかで落ち着いた人たちが多かったんです。
何よりもまず、会話が通じる。
そして毒父のように暴力も振るわず暴言も吐かず、無視や威圧で人をコントロールすることもありません
中には毒父を彷彿とさせるような性質の男性もいましたが(たいていは年配男性)、仕事上最低限の関わりだけ持って、あとはスルーすれば大丈夫でしたので、被害は最小限でした
社会でまともな成人男性たちに出会うことでやっと、「男性というのは、”異常な行動をして話がまったく通じない毒父”と同じではない、むしろアレはレアケースだったのかもしれない」と脳内の歪んだデータの書き換えを少しずつ行うことができたんです
押さえつけていた母への嫌悪。それが後で大爆発してしまう
父の悪口を私に垂れ流し、被害者だと嘆き続けていた毒母。
でも、よくよく考えると、母は100%被害者、というわけではなかった。
思い返すと、母も自分のことばかりで父のことを思いやる気持ちにかけていたり、逆に父を挑発するような言動をとったから父が切れたんじゃないか?って場面がたくさんあったんですよね
母が悲劇の被害者で父が加害者という単純なことなのではなく、母にも悪いところがたくさんあったということへの気づきや、
何より、母は親子という立場を悪用し、被害者ぶってうそ情報で子供の私を洗脳した。私は長年彼女に利用されてきたということ。
母の言動の矛盾や自己中なふるまい、幼い子供だった私を愚痴のゴミ箱など便利グッズとして使い続けたその態度に、私の本心ではふつふつと怒りがわいていたんです。
でも、私は、その気持ちを押し殺し、長年体内にため込んでしまった。
私は辛い辛いと愚痴をこぼす目の前の母の話を聞き、必死でかばい続けてきたんです。
押さえつけてきた母への違和感や怒りや嫌悪感は、私が大人になってから一気に大きく爆発してしまいました
今はそんな毒母とは微塵も関わり合いになりたくなくて、長い間疎遠にしている状態です。
母が我欲で長年私を利用し、被害者ぶって愚痴を垂れ流し続けるようなことがなければ、このような残念な関係性になることなく、マイルドな関わりをする未来だってあったでしょうに‥
わが毒母は、幼い娘を利用しての愚痴の発散、という目の前の利益を優先したがために、生涯にわたる穏やかな親子関係というものを失ったのですね
まとめ
夫の悪口を子供にたれながすことの弊害。
子供視点から振り返るとこんなに盛りだくさんでした。
だって、子供の半分は父親でできているのですもの。ただ何気なく子供に夫の愚痴を垂れ流すという行為は、目の前の子供を強烈に否定するという行為と同等のことを行っている、ということですものね‥
子どもに悪影響がないわけありません。
現在はだいぶ、たれながされた弊害や、それによる歪みから脱却できたとはいえ、この場所に来るまでの異様なエネルギーの消耗や遠回りを考えると‥本当にいやな刷り込みをされ、それを払しょくするのにも苦労を掛けられ、なにもいいことなかったな‥と思います
もしも子供さんにパートナーの悪口を聞かせている親御さんがこの記事をよんでくださっているのなら‥これまで挙げた膨大なデメリットを、必死に話を聞いてくれている目の前のお子さんに押し付けている、ということなんだ、ということを知ってほしいのです‥
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