次から次へと、病気不安を探し続けてしまうことを止められない。これもまた”毒親後遺症”の1つ‥

毒親育ち

前回の記事では、私は昔から、極度の病気不安に振り回されていることを書いたのですが

また、「極度の病気不安」に振り回されてしまった。
私は昔から「過度の病気不安」になりがちなんです。ちょっとした体調の異変でうろたえ不安でいっぱいになってしまう。その原因はなにか?病気不安に支配された私はどうなってしまうのか?病気不安に人生を支配されないための方法は?ということを書きました

こんなふうに心配した病気が、重大なものだったことはかつて一度もないんです‥

心配しただけ損、なんですよね

しかもそのことは、不安の渦中にいるときも、何となくわかってるんです。

からだに起きた症状が不安で、不安に耐えることに限界がきて、病院に駆け込んだその待合室で。

頭の片隅には

私

どうせ数分後にはいつものように異常なしって言われて、

私はいつものようにしばらく呆然として、この話はおわるんだろうな‥

私

わかっていても、病気不安は、何十年も止められないんだよな‥

という思いが常にあるんです

わかっていても、病気不安は止められない‥

いつも次々に起こり、不安や心配が、私の脳や心を支配します。

毒親後遺症の中でも、私を長年、深く苦しめ続けている、この病気不安。

ばかばかしいとわかっていても、止められない。

いつも私をブンブンと振り回しつづける病気不安の特徴や、それが起こる理由を、自分なりに深掘りして考察してみたいとおもいます

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1つの不安が去ったら、新たな不安を探す癖

私を苦しめ続けている病気不安は、

1つの不安が解消されると、自分からまた新たな不安を探しに行ってしまうんです

ある病気不安を抱えて病院に駆け込み、結果異常なしと言われて安心するのも束の間、

その瞬間また新たな不安を探しては不安のドツボにはまる‥という行為を繰り返してしまうんです

1つの不安が解決したら、また1つの不安をまるで自分で探し回ってしまう。

どうしてそんなおかしな行動を取ってしまうんだろう‥

そのメカニズムをじぶんなりに考え、図にしてみました。

①症状が見つかり、不安に支配される

②病院に行き、「異常なし」と言われる→安心を(その瞬間は)感じるが‥不安を受け止めていた穴が残った

③空いたままの穴を埋めなければ!と、新たな病気不安を必死に探し、穴に埋め込んでしまう

‥自分から病気を必死に探し出し、空いた穴をそれで塞ごうとする。

私の病気不安による、一連の謎行動は、こんなふうに起こっているような気がします‥

「穴をふさぎたい!」という、私の必死の行動にある理由

私の極度の病気不安は、この「毒親にぶつけられてあいてしまった穴をふさがなければならない!」という強迫感からくる行動なのかもしれない、というところまで気づいたのですが、

この部分をさらに深堀りしてみたいと思います

「不安を収納する穴」を埋めなければならない!

これまで書いてきたように、私は幼い頃から、毒親から不安や恐怖などの、様々なネガティブなものをぶつけられてきたのですが、そのせいで、恐らく私の脳か心に、とても大きな穴があいてしまったのだと思います

毒親からぶつけられたさまざまな不安や恐怖の中でも、病気不安というのは、命に直結する大変恐ろしいものだったため、ダメージも強烈で、穴の大きさも格別大きかった。

そして、わけもわからず毒親から病気不安をボコボコとぶつけられた幼い頃の私は、

病気不安をぶつけられて開けられた穴は、病気不安で埋めなければならない!と当時強く思い込んでしまい、それが強烈にしみついてしまったのではないか‥と思うんです

こうして文章にすると、たとえ勘違いでも、身を守るために必死にその行動を取ろうとした幼い私は哀れですし、

同時に毒親の理不尽な仕打ちのせいで、このばかばかしい行動が幼い私に猛烈に強烈に刻み込まれ、それに長年囚われてるのか‥と怒りや悲しみがわきおこります

毒親からの言動、特に子が幼い頃に受けた影響というのは、かくも毒親育ちに強烈なインパクトを与え、それはどんなにおかしなものでも、こうしていつまでも毒親育ちを苦しめ、支配するんです

キャパオーバー状態が普通の状態だ、と思い込まされてきた

私は毒親によって、幼い子にとってはあまりにキャパオーバーすぎる不安や心配を背負わされるのが日常でした。

「自分は、キャパオーバーの不安を背負うのが当然のこと」だと思い込んでしまっているのが、この穴埋め行動に駆り立てている原因の1つと言えると思います

そのため、荷が軽くなりすぎる=不安が取り去られると、

私

背負わされてる不安や恐怖はこれだけ‥?

私

不安や恐怖がこんな少しだけで、大丈夫なんだろうか?

というマインドになってしまい、自分から新たな不安を探しに行ってしまうという異常行動に走ってしまうのだと考えられます

‥はぁ‥書いててほんと馬鹿らしくなります

毒親から離れて長い時が経ってもなお、こんな歪んだマインドで生きねばならないような毒を私に注ぎ続けてきた毒親に、改めて怒りがわきます。

だってどう推測したって明らかにおかしい行動ですし、それに抗うための私の行動もまた、おかしなものばかりですよね‥

まるで自ら不安を求め、不安を自らに埋め込むために必死ににさまよっているような、自ら不幸に飛び込んでいくような、生き物としてはありえない動き。

これも、長年、毒親に幼い頃から傷つけられ、大きな負荷をかけられてきたことにより、私の脳や心についてしまった傷、歪み、トラウマからのものなんですよね

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「もう、自分から不安を見つけ出したり、背負わなくていいんだよ」自分にわからせるには…

長く病気不安に支配され、クタクタになった果てに病院に駆け込み、医者から「異常なし」と伝えられる瞬間、全身の力が抜けるような安心を得られます。

しかし、それと共に、いつも”虚無感”があるんです

ほらみろ。いつもこうじゃん。

どうせこうなるんだから、病気をあれこれ不安や心配してエネルギーや医療費を消耗するなんて無駄なことなのにさ‥

「なにやってるんだろう私・・」と徒労と虚無感を感じて情けなくなり、自分で自分を責めます

しかし‥この自分自身ですら呆れるこの悪癖は、40を越えた今も、完全にはおさまってくれません。

幸い、毒親から離れる=不安や心配をぶつけてくる人間から離れて安全に暮らせる場所に長く暮らしていると、その不安の規模は小さくなり、発作の起こる回数は確実に減ってはきているんです。

そして何より、こうして文章にまとめられるくらい、客観視できるくらいにはなれた

しかしながら、こうして悪影響を及ぼされるボリュームや頻度こそ減ってはきているけれども、この悪癖もまた、たくさんの毒親から注入された毒の悪影響のように、

100%自分から取り切ることは不可能のように感じています。

幼い頃に強烈にたたきこまれた毒親由来の傷やそれによるトラウマ反応というものは、100%自分の体内から排出することは難しい、ということを、年を重ねても振り回されるたびに、悲しく重く、実感してしまいます

前回の記事でも話しましたが、
もう、自分にしみついた毒親由来の歪みや苦しさとは、完全には取り切れない。
もはやうまくつきあっていくしかない。

大きく飲み込まれないよう自分の心身をいい状態に持って行ったり、ぶつけてくる原因=毒母との接触を避けること、などに努めることが大切ですね・・

そしていざ、大きな不安やトラウマ反応が起こり、それを何とか乗り越えた後に、

「ほら、今回も大丈夫だったでしょ?もう、こんなことしなくていいんだよ」と、まるで怯えた幼い子に言い聞かせるように、自分自身にしっかり寄り添い、一回一回心に刻み込んでいく、のしかないのでしょう‥

子供の頃から毒親に、おかしくて奇天烈でひどい仕打ちを受けた後遺症で、私は40越えてもここまで振り回され、苦しめられているんです。

でも、私を苦しめた張本人の毒親はこんなこと微塵も気づくことなどなく元気に生きています。

疎遠にしているので詳しくはわかりませんが、たまに電話や唐突な自分語りのメールがくるので罪の自覚など皆無に、元気に生きているのでしょう‥

毒親の毒害によって、長い間、多大な悪影響を及ぼされるのは、被害者である子供だけなのですよね。加害者は何の罪の自覚もなく、のうのうと生きていて‥

本当に、毒親家庭というのは、そこに生まれてしまった子にだけ、いつまでたってもものすごい余計な負荷がかかる、とんでもない仕組みだということを、

つけられた一つの強烈な悪癖との格闘がいつまでも終わらないことからも実感します

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